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第十二章・三兄弟のママは神話を魔王様と9

「ハウスト、この場所は……」 「ああ、行くぞ」  ハウストは有無を言わせぬ口調で言いました。  私の緊張が高まります。  神域。それは魔王の居城のもっとも深い地下にあります。  そこは限られた者しか立ち入りを許されず、古来より魔王が特別な力を行使する場所でした。  つい最近では時空転移魔法陣を発動する為に使われました。それより前はハウストの実父である先代魔王を封じていました。  でも今、私たちはそれだけの場所でないことを知りました。  ここには初代魔王デルバートの棺が安置されているのですから。  ギイィィィ……。扉が開く音がやたらと大きく響く。  薄暗い神域はシンッと静まり返っています。  ハウストと私は中に入ります。  神域の奥は玉座の真下の位置。そこには祭壇があって、その祭壇の下には初代魔王デルバートの棺。  今まで何度か神域に来たことはあったけれど、今までにない感情が込み上げてくる。だってここにはデルバート様がいらっしゃるのですから。 「デルバート様はここでずっとレオノーラ様と魔界を守っているのですね。十万年前からずっと」 「ああ、そういうことだ」  ハウストはそう言うと祭壇の上に手を置きました。  私はハウストの横顔を見つめます。  彼はなにを思っているのでしょうか。  初代時代へ転移したことで当代魔王ハウストにとって初代魔王デルバートの存在は特別なものになったのです。  でもそんな私の思いをよそにハウストが訊ねてきます。 「イスラとゼロスの様子はどうだった」 「二人とも眠れないようでした」 「イスラはともかくゼロスまでか」 「ゼロスが禁書や初代時代のことをすべて理解しているとは思えませんが、それでもあの子なりに思うところがあったのでしょう。一生懸命考えながら受け止めようとしていました」 「……あいつも初代時代ではいろいろ巻き込まれたからな」 「はい、ゼロスはクロードを守ってよく生き抜いてくれました。そしてオルクヘルム様との戦いでは冥王としてほんとうによく戦いました。ほんとうに」 「ああ、そうだな」  ハウストも同意して口元を綻ばせます。  ゼロスは多くの苦難を乗り越えてくれました。たくさん傷ついてしまったけれど、それでもゼロスは最後まで勇敢に戦ったのです。 「イスラにとっても初代勇者との出会いは大きな意味があるものでした。イスラはいろんな世界に多くの友人や知人がいますが、初めて対等といえる友を得たのかもしれません」 「勇者と勇者というのは奇妙な関係だが、イスラにしては珍しい反応もしていた」 「ハウストも気付いていたんですね」 「ああ、興味深かった」 「興味深いってなんですか」 「お前もそう思ってただろ」 「…………バレてましたか。実は私も同じことを思っていました。イスラは大人びたところがあるので、初代イスラとのやり取りがなんだか新鮮で」  イスラは初代時代で掛け替えのない友人を得ました。だからこそ初代時代で目にした世界の真実はイスラの心を乱しています。  イスラを思うと視線が落ちてしまう。  でもそんな私にハウストが問うてくる。 「お前は?」 「え?」 「次はお前の話しを聞かせてくれ」 「ハウスト……」  顔をあげるとハウストと目が合いました。  彼は思いがけないほど真剣な顔で私を見ていたのです。 「帰ってきてからお前はなにも話していないだろ」 「…………」  言葉が見つかりませんでした。  私は帰ってからイスラやゼロスのことを思ったのです。それは当然のことですが、逆にいえば自分の気持ちと向き合うのを後回ししていました。……故意はありません、ただ無意識に考えないようにしていたのかもしれません。  でもハウストはそれを暴こうとする……。 「…………。……ごめんなさい、まだ整理ができていないんです。レオノーラ様のことも初代王様たちのことも簡単に受け止められることではありません」 「それだけか?」 「……どういう意味です?」 「後悔していないか? この時代に帰ってきたことを。レオノーラを一人残してきたことを」 「そんな馬鹿な」 「偽りでないと断言できるか?」 「っ……」  ぴしゃりと返されて口を噤んでしまう。  みるみる顔が強張って、指先が震えそうになってぎゅっと握りしめました。この手にはレオノーラの温もりが刻まれたままです。  ……後悔。私は後悔しているのでしょうか。  あの時、私はレオノーラとともに祈り石になる決意をしました。どうしてもレオノーラを独りにしたくなかったのです。それが魔力無しの私だから可能だというなら、ともに海に沈もうと思いました。  それを引き止めたのはゼロスとクロードの幼い二人です。  あの場所にいた大人は大人だから事態を理解し、レオノーラと私の選択に口を噤みました。しかしゼロスとクロードはその幼さゆえに理解できません。だからありのままをぶつけてきたのです。  大人にとっての禁句を泣きながら訴えてきたのです。 『わああああああああああん!! なにしてんの!! ブレイラはどこにもいっちゃダメでしょっ、ダメでしょ~~!! わああああああああんっ、わあああああああああああああああああん!!!!』 『あああああああああん! あああああああああああああああん!!』  二人の大きな泣き声が今も耳に残っています。  それはたしかに私をこの世界に引き止めました。  私はデルバートの棺の前で嘘偽りない言葉を紡ぐ。 「……ハウスト、私は分かりません。目を閉じれば今でもレオノーラ様の姿が浮かびます。デルバート様、初代イスラ、オルクヘルム様、リースベット様、彼らと過ごした日々が昨日のことのように浮かんで、今もすぐそこにいるような……」  私はレオノーラの温もりが刻まれている手を見つめました。  感触も温もりも、手を握りしめられた強さすらそのままなのです。  私は唇を噛みしめて手の平を見つめていましたが。 「間違えるな。レオノーラはもういない」 「っ、ハウスト……!」  思わず声をあげましたがハウストは私を見据えたまま淡々と続けます。 「初代王も全員死んだ。当然だ、十万年前のことだ」 「分かっていますっ! でもお願いですっ、それ以上はどうか……! うっ……」  感情が昂って視界が滲む。  涙が溢れそうになったけれど、ぎゅっと目を閉じて我慢しました。  分かっているのです。手を握った感触が刻まれているけれど、それは十万年前の出来事。  この時代でどれだけ嘆いても、悔やんでも、泣き叫んだとしても、過去はなにも変わらない。むしろ一度握った手を離すなんて、私はっ……! 「すみません、今は一人にしてください。大丈夫、またイスラやゼロスやクロードの前ではいつものように振る舞えますから、今だけは……」  私はハウストから顔を逸らしたままお願いしました。  私は浅ましい人間です。  罪悪感などと調子のいい感情に囚われて、涙を流すことで何も出来なかったことから少しでも救われようとしている。  浅ましいですね、ほんとうに。罪悪感に圧し潰されてしまいそう。……いいえ、私は圧し潰されてしまいたいのです。 「ハウスト、お願いします。今は一人に、っ……」  一人にしてください、そう伝えるはずだったのに途中で言葉が止まってしまう。  突然抱きしめられたのです。そして。 「ブレイラ、囚われるなっ。頼むから……!」 「ハウスト……」 「頼むから、この時代に帰ってきたことを後悔してくれるなっ!」  ハウストの微かに震えた口調。  切々と訴えられたそれに唇を噛みしめる。  私を抱きしめる両腕は痛いくらいなのに、その口調はどこか縋るような響きを持っていたのです。  ……ああハウスト、あなたは不安なのですね。  不安にさせているのは私なのですね。  私は抱きしめてくれているハウストの胸板に手を置いて肩に顔を伏せました。 「ごめんなさい……」 「謝るな。謝ってほしいわけじゃない」 「そうですね。そのとおりです」  怒った口調で言われて、少しだけ強張っていた顔が綻びました。  身を委ねるように彼の肩に頬を乗せます。

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