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第十二章・三兄弟のママは神話を魔王様と10
「では、あなたの話しも聞かせてください」
「俺か?」
「はい。あなたの見たこと感じたこと考えたこと、私に聞かせてください」
「俺の話しか……」
ハウストが私を抱きしめたまま「そうだな……」となにやら悩みだしました。
彼にとっても初代時代の出来事は簡単に整理がつくものではないのですね。
「まずオルクヘルムだ。粗暴に見える男だが頭の回転が早い。パワー系でありながら頭脳戦が得意、戦うとなると厄介な男だ」
「え、今それですか?」
びっくりしてハウストの顔を見ました。
話してほしいと言いましたが、対戦相手として語るとは思っていませんでした。
ハウストはむむっと眉間に皺を作って私を見下ろします。
「なんだ俺の話しが聞きたいんだろ」
「そうですけど……」
困惑する私をよそにハウストは続けます。
「ゼロスの戦術は早さで翻弄して召喚魔法で一気に攻勢をかけるものだった。まだ未熟だが、まあ悪くなかった」
「はい、ゼロスはよく戦いましたよね。たくさん召喚魔法を成功させた時は驚きました。ダンゴムシしか召喚できなかったのに」
「ああ、ある意味反則的な勝ち方だったがな」
「ふふふ、そんな言い方をして」
思い出して目を細めます。
ゼロスが召喚魔法を覚えたばかりの時、なぜかダンゴムシしか召喚できなかったのです。ゼロスはお友達だと喜んでいましたが、私たちは城内でダンゴムシを大量召喚されて大変だったのです。
でも、オルクヘルムに冥王を倒すことを諦めさせたのは小さなお友達の存在でしたね。ゼロスを守るためにダンゴムシたちが頑張ってくれました。ゼロスは見事に冥界を守ったのです。
同時にこの結末によって私たちは初代幻想王オルクヘルムという男の器の大きさを知りました。本当に見事な王でした。
「次にリースベットだな。精霊界の貯蔵する禁書や古書が四界一な理由が分かったぞ。あれは初代の影響だったか」
「精霊王様の書庫は迫力がありますよね。歴代の精霊王様もリースベット様の意向に添っていたのですね。そして精霊界の三大貴族についても」
「ああ。当代当主となったあの男だからこそ、初代精霊王と出会ったことには意味があった。初代精霊王リースベットは高潔な女だった」
「はい、好奇心旺盛で裏表のない公正な女性でした。私たちも何度も助けられましたね」
「俺たちの時代に興味があっただけとも言えるがな」
「私たちの時代の料理やお菓子を喜んでもらえて良かったです」
「そうだな」
ハウストが優しく目を細めます。
私も思い出して温かな気持ちになりました。
この時代から持っていた焼き菓子をリースベットはとても美味しそうに食べてくれたのです。思い出すと思わず笑顔が浮かびます。
「次はイスラ……、いや初代イスラか。同じ名前だとややこしいな」
「私たちのイスラはあなたが名付けたんじゃないですか。伝承にあった初代と同じ名前だということで」
「あの頃は初代時代へ行く予定はなかったんだ」
「たしかに……」
イスラが誕生した時は想像もしていませんでしたね。
初代時代へ行くことになることも、初代勇者イスラと当代勇者が出会うことも。
「イスラと正反対だったな」
「はい、正反対でしたね。イスラが絶対言わないようなことを言われたりしてびっくりしました」
「ああ、なかなかきつかった」
「そうですよっ、私が弱いと思ってバカにしてるんですよ? ……まあ実際そうですけど」
……残念ですがそれは認めるところです。
初代時代は四界大戦の真っ只中で強くなければ生き残れない、そういう時代でした。
「……初代イスラはその時代の中で足掻いて生きていたのですね。そんな彼にとってレオノーラの存在は複雑なものでしたが、それでも愛していたのでしょう」
「遅いだろ。もっと早く気付くべきだった」
「……いじわるですね、そんな言い方をして。レオノーラ様にとってこれほど嬉しいことはなかったと思いますよ?」
初代イスラはレオノーラが最期の時に気持ちに気付きました。それを遅すぎたとは思いません。
レオノーラにとって初代イスラの気持ちに遅すぎるも早すぎるもないのです。初代イスラがただそこにいてくれる、それだけでレオノーラの心は満たされる。それは私にもよく分かる感情でした。
「俺はいまいち理解できんが……、そういうものか」
「そういうものです」
「……俺としてはレオノーラに辛そうな顔をさせたくなかった。あの顔は結構くるものがあったな」
「………………」
「おい、なんとか言え。……怒ったのか?」
「別に怒ってません」
「お、怒ってるだろ。よく聞け、俺がレオノーラを心配するのはお前に似ているからだ。だからお前が怒る理由はない。そうだろ」
ハウストが少し焦った口調で言いました。
なにをそんなに焦っているのです。私は別に怒ってません。怒っていませんともっ。
ただちょっと思い出したのです。あなたってレオノーラに甘いとこありましたよね。
「……おい痛いぞ。指が食い込んでないか?」
「そうでしたか? 気のせいですよ。私は怒っているわけではないので」
念押しするように返事をしました。
でもああいけません、ハウストの胸板に置いていた手に力が入っていたようです。指がぎりぎりしていたようです。特に怒っていたつもりはないんですが、おかしいですね。
「ブレイラ、落ち着け。俺が愛しているのはお前だけだ。俺のすべてはお前のものだ」
「ハウスト……」
なんて嬉しいことを。ハウストに口説かれるなんて幸せです。
でもね、でも、ぎりぎりする私の手をハウストがぎりぎりさせまいと握りしめていました。
……なんですかこれ。
「……ハウスト」
「なんだ」
私たちは近い距離で見つめあう。
じーっと、じーーっと見つめあっていましたが。
「プッ……、ふふふっ、私たちなにしてるんでしょうね」
おかしくなって噴きだしてしまいました。
笑いだした私にハウストも口元を綻ばせます。
「笑うなよ、俺は真剣だぞ?」
「ふふふ、私も真剣です。あなたに口説かれて真剣に幸せを噛みしめています」
そう言ってハウストを見つめると、ちゅっと唇に口付けられます。
可愛い口付けにくすぐったい気持ちがこみあげて、私からもお返しの口付けを。ハウストに握られていた手を彼の背中に回してぎゅっと抱きつきました。
ハウストの温もりに包まれながらレオノーラのことを語ります。
「私とレオノーラ様は見た目もよく似ていますが、だからといってレオノーラ様を理解できるわけではありません。レオノーラ様の初代時代は私たちの時代とはなにもかも違いますから……。レオノーラ様にとって世界は残酷、壊れてしまうほどに苦難の道を歩まれました。そしてみずからの意志で祈り石に」
「ああ、そうだな」
「ハウスト、私は思うのです。知らない者から見ればレオノーラ様は不幸なのかもしれません。でも、不幸なだけの人間がみずからの意志で祈り石になろうとするでしょうか」
私はそこで言葉を切るとハウストを見上げました。
「レオノーラ様はデルバート様に愛されていました」
「ああ、愛されていた」
「初代イスラに愛されていました」
「ああ、愛されていた」
ハウストが頷いて繰り返してくれました。
その言葉に私の確信が深まっていく。
「レオノーラ様が本当に守りたいのは初代イスラとデルバート様なんです。だから愛する者がいる世界を守ろうと思ったんだと思います。愛する王の愛する世界を。だから、だから不幸なだけではありません」
あるはずがありません。
守りたい人がいるのに、どうして不幸なだけの人生だと思えるのか。
でなければここに世界は存在していません。初代時代のあの時に星は終焉を迎えていたことでしょう。
でも世界は続いています。初代時代から今に繋がっているのです。
「……すみません、知ったふうなことを言ってしまいましたね」
「いや、俺も同じ思いだ。俺はあまり過去に引きずられない方だと思っていたが、初代時代のことはよく思い出す」
「そうですね、この悲しい選択が正解か不正解かは今も分かりません。でもね、ハウスト」
「なんだ」
「たとえ悲しい選択だったとしても私たちはレオノーラ様に守られました。この時代に生きているすべてが今も守られているのです。私はレオノーラ様を誇りに思います。私はレオノーラ様が大好きです。大好きなんです」
そう、私はレオノーラが大好きです。
私がレオノーラを大好きなことだけは間違いないのです。
不思議ですね、大好き、その言葉を口にすると強張りが解けていくようでした。胸の中でずっと見えなかったものが形作られていくように。
「そうだな。俺も好ましく思っている」
ハウストが穏やかに目を細めて頷きました。
私の口元も綻んで笑顔が浮かびます。
初代時代から帰ってきてから、今、初めて心から笑えた気がしました。
緊張が解けて私たちは話しを続けます。
「次はデルバート様のお話しですね。聞かせてください。あなた結構仲良くしてましたよね」
「あの男か……。一言で言うなら情けない男だった」
「ええっ。そ、それですか? あなたのご先祖様ですよ?」
「だからだ。あいつ、レオノーラが初代王妃だから俺は自分の直系じゃないと言ってたんだぞ?」
「たしかに言ってましたけど」
たしかにデルバートは自信満々に語っていました。
でもデルバートの名誉のために少しでもフォローしようとしましたが、ハウストが呆れた様子で続けます。
「それがどうだ、しっかり直系だ。初代魔王の血が俺の体にも流れている。もちろんクロードにも」
「そうですね……」
ダメです、良いフォローが浮かびません。
どうにもならない事実にハウストは御立腹です。
「腑抜けで情けない男だ」
「な、なにもそこまで。ご先祖様なんですから」
「先祖だからだ。……だが、感謝している」
「ハウスト……」
ハッとしてハウストを見上げました。
祭壇を見つめる彼の横顔。それは言葉とは裏腹に真摯なものでした。
「……感謝している」
ハウストは静かに繰り返しました。
初代時代、海に沈むレオノーラを見送るしかなかったデルバート。
レオノーラを失ってから言葉に尽くせぬほどの責苦と苦しみの中で生きたのでしょう。その中にあっても未来への道筋を繋いでくれたのです。
「そうですね、私も感謝しています。ハウストと出会えたのですから」
「ああ」
ハウストが頷いて、愛おしげに私を見つめてくれる。
それからもハウストと私は初代時代で出会った人々のことを語り合いました。
一人ひとりを思い出しながらたくさん語ります。まるで弔うように。
そう、これは弔いなのかもしれません。
私たちは語りながら笑って、泣いて、怒って、また笑って。二人で何時間も語り明かしました。
初代時代は悲しいことや辛いこともあったけれど、それだけではなかったのです。初代王たちやレオノーラとの楽しい思い出もあるのですから。
こうして私はハウストと思い出を語ることで初代時代の人々を弔い、ある一つのことを決意しました。
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