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第十二章・三兄弟のママは神話を魔王様と11
翌日、麗らかな昼過ぎ。
私たちはサロンで家族揃ってお茶の時間を楽しんでいました。
「ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅ。……あいっ」
「はい、ごちそうさまでした。たくさん飲めましたね」
クロードが空になった哺乳瓶を渡してくれました。
一人でミルクを飲んだクロードは「……けぷっ」と大満足のゲップ。小さな唇の端からよだれが垂れたのでハンカチでふきふきしてあげました。
ミルクを飲み終わったクロードは次にハイハイでソファへ。
そこには紅茶を飲んでいるハウストとイスラ、おやつのスコーンを食べているゼロスがいます。
「あい~あ~、ばぶぶっ」
上手にテーブルにつかまり立ちするクロード。
しかしそんなクロードの動きに合わせ、ハウストとイスラがササッと素早くおやつやティーカップを遠ざけていました。
つかまり立ちのクロードが手を伸ばしてひっくり返してしまうのです。
「あう~っ、あーあー!」
あ、クロードがプンプンです。遠ざけられて猛烈にプンプンです。
クロードの予定では自分もここで父上や兄上たちと一緒におやつをするはずだったのに、自分だけ取り上げられたと思ったようですね。
「あぶぅー! あーあー、あい~っ!」
バンバンバン! テーブルを叩いてハウストに訴えるクロード。
プンプンな末っ子にハウストが少し呆れた顔になります。
「そんなに怒るな。おいゼロス、クロードのを取ってやってくれ」
「は~い。クロード、こっちだよ~」
ゼロスがファンシーなバスケット籠を持ってきてくれました。そこにはクロードの赤ちゃん用のお菓子が詰まっています。
「どれにする?」
「あいっ、あうー、あー!」
クロードがパチパチ拍手すると青いマカロンを選びます。
それは私の新作、それを選んでくれるなんて嬉しいですね。
以前、家族で赤ちゃんも食べられるお菓子のお城を作ってから赤ちゃん用お菓子のレパートリーが増えたのですよ。
「あ、それかわいい! あおいマカロン、かわいいね~!」
「ばぶぶ。あいっ」
クロードが籠からもう一つ青いマカロンを取りました。
差し出されてゼロスの瞳がキラキラします。
「え、ぼくにもくれるの?」
「あいっ」
「わあっ、どうもありがとう!」
ゼロスは嬉しそうに青いマカロンを受け取るとソファに座りました。イスラの隣です。
「みて、あにうえ。このあおいのかわいいでしょ? クロードがぼくもどうぞってしてくれたの。ぼくのおめめとおなじいろ」
ゼロスが可愛いマカロンを自慢して「おめめ~」と自分の瞳の前へ。
イスラがプッと噴きだし、ゼロスのおでこをツンツンしてからかいます。
「なにしてるんだよ」
「あああツンツンしないで~」
ゼロスが両手でおでこを防御しながらもチラッとイスラを見上げて笑いあっていました。
見ていたクロードも楽しくなってきたのか、つかまり立ちしたまま小さな体を上下に揺らします。「あうー、あー! あい~!」はしゃいだ声をあげて一緒に遊んでいる気になっているようですね。
クロードはひとしきりはしゃぐとハイハイでイスラのところへ移動します。自分でイスラの膝によじ登ろうとしますが……残念ながらまだ足が届きません。
自分でできないことが気に入らないのか、イスラの膝につかまり立ちしたまま小さな手でバンバンしだしました。抱っこしろと訴えているよう。
「にー、あいっ。あいっ」
「届いてないな。足が短いんだ」
「ばぶっ! あーあー!」
ああクロードがまた怒りだしました。
クロードはまだ赤ちゃんなので足が届かないのは仕方ないのです。クロードだって成長したら立派な魔王様になりますよ。
「分かったから怒るな。ほら」
「あいっ」
イスラは膝をバンバンするクロードを苦笑して抱っこしてくれます。膝に座るとクロードは満足そう。
小さな手で握りしめていたマカロンはすでに潰れていますが、クロードは構わずに「あーん、あむっ」ともぐもぐします。
「おい、ぽろぽろ零れてるぞ?」
「あう? あいっ」
クロードがイスラに食べかけのマカロンを差しだします。
イスラは苦笑してクロードの頭にぽんっと手を置きました。
「欲しいわけじゃない。クロードが食べろ」
「あいっ。あむあむあむっ」
クロードがイスラの膝の上でおいしそうに食べています。
その隣ではゼロスも「いっしょ~」と嬉しそうにモグモグしていました。
私は三人の兄弟の様子に目を細めます。
これは日常の光景。昨夜のイスラとゼロスは初代時代のことを引きずっていました。
きっと今も引きずっていることでしょう。これからも心に残ることでしょう。
しかし毎日は淡々と過ぎていくのです。
そんな毎日のなかで少しずつ初代時代を受け止めて日常を取り戻していくのです。
だから。
「イスラ、ゼロス、クロード。あなた達に贈りたいものがあります」
改まった顔で言うと、突然のことにイスラが眉をあげました。
「どうしたんだ?」
「ブレイラ、ぼくたちにプレゼント?」
「そうですよ、プレゼントがあるんです」
私はそう言うとハウストを見ました。
目が合うとハウストが頷いてくれます。私が子ども達になにを贈りたいか察したようです。
私はサロンに用意していた小箱を持ってきました。
子ども達の前で小箱の箱をゆっくり開けます。
「これは……」
イスラが目を丸めました。
そう、小箱の中には祈り石の指輪とペンダント。
以前家族五人で原石の採掘に赴き、ドミニクに依頼して指輪とペンダントを作ってもらっていました。
しかも初代時代でゲオルクにペンダントと指輪が壊されたのです。
「あたらしいいのりいしのペンダントだ! ペンダントみっつ! これあにうえとぼくとクロードの!?」
「そうですよ。このペンダントはイスラとゼロスとクロード。指輪はハウストです」
「やった~! こわされちゃってかなしかったの! でも、みんなでおそろい!! おそろいのペンダント!!」
ゼロスが嬉しそうな歓声をあげました。
ペンダントを壊されて落ち込んでいましたからね。
クロードも「あー! あー!」と興奮して指差ししています。
いつもイスラやゼロスのペンダントに興味津々だったのです。でも今回は自分のもあると察知したようでした。
こんなに喜んでくれて嬉しいです。
本当はもっと早くプレゼントすることも出来たけれど、初代時代で祈り石の真実を知ってからずっと迷っていました。
祈り石とは憎悪と恨みによって作られた石。遥か祖先の魔力無しの人間が作り、ゲオルクによって完成した石。一時は、この石を私の愛するハウストと三人の子どもに贈るべきではないと思ったのです。
でも、私たちが南都の洞窟で採掘した祈り石は違うことが分かりました。私たちの時代まで残った祈り石はレオノーラの祈り石だったのです。
思い出すのはレオノーラとの別れの時。
あの時、私の震える手を握りしめてレオノーラは言ったのです。
『地上に私の欠片を残します。ブレイラ様と出会って私は多くのことを教わりました。そのなかで見た幸せの景色、今も忘れられずに私の胸の奥にあります。その幸せな場所に私の欠片を残しましょう』
『レオノーラ様の欠片……?』
『はい、私の欠片。私が星を守れたという証。それを幸せの場所に残し、いずれブレイラ様たちの手に渡ることを願います。だから寂しくありません。私は繋がっているのですから』
その言葉の意味が今なら分かります。
私たちの祈り石は最初からレオノーラの祈り石だったのです。
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