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第十二章・三兄弟のママは神話を魔王様と13

「ハウスト」 「ああ」  ハウストが私の前に来てくれます。  手が差しだされ、私は両手でその手を取りました。 「これはレオノーラ様の祈り石。そして私の祈りです。どうぞ受け取ってください」  そう言ってゆっくりとハウストの指に祈り石の指輪を嵌めました。  指輪を嵌めた彼の手を両手で包み、心からの祈りを。 「あなたが守られますように」  これはあなたと私の婚礼の証。  あなたの指には祈り石の指輪。  私の指には環の指輪。  互いの指輪には切なる祈りが込められています。  その祈りは人が人を愛する時に誰もが捧げる祈り。それは遥か昔から変わらない祈りで、繰り返されてきた人のいとなみ。 「ありがとう、ブレイラ。よく決意したな、嬉しく思う」 「……この指輪はレオノーラ様の祈り。躊躇いはありません」 「大切にする」 「ありがとうございます」  私はハウストの手を両手で包んだまま彼を見上げました。  近い距離で目が合って、くすぐったい気持ちが込み上げます。  ハウストの肩にそっと額を乗せてすりすりすると、彼は穏やかに目を細めて私の頭に手を置きました。  さりげなく甘やかしてくれるハウストに私の全身から緊張が解けていくよう。思わずクスクス笑ってしまって…………ふに。 「……いひゃい」  頬をつねられました。  どうやら彼的には笑う場面ではなかったようです。 「なにを笑っている。今は祈り石の指輪を贈っている真面目な時だろ」 「す、すみません」  そういうことでしたか。  彼的には祈り石の指輪は真面目に扱わねばならない物のようです。  そういえば一度祈り石の指輪を捨てられたことがありました。紆余曲折あってまた彼の手に戻りましたが、その時から以前に増して丁寧に扱ってくれている様子でした。  もちろん嬉しくないはずありません。 「大事に思ってくれているんですね」 「今更だろ。お前が悩んでいる間も俺がどれだけ欲しかったか分かっているのか」 「え、そうだったんですか?」  初代時代で祈り石が作られた経緯を知った時、私は子ども達にペンダントを贈ることを迷ったのです。それをハウストに相談したら私自身が納得する答えをだすように言ってくれました。その時の彼は余裕たっぷりに私のことを考えてくれてとても素敵だったのですよ。  でも。 「内心ひやひやしていた」 「あの時はそんなふうに見えませんでしたが」 「当たり前だ。かっこ悪いだろ」 「なるほど、そういうことでしたか」 「お前が迷ったままもう贈らないと決めてしまったらどうしようかと思っていた」 「ふふふ、まさかあなたを悩ませていたなんて」  知ってしまった事実に頬が緩んでしまう。  でもハウストに軽く睨まれて頬を引き締めました。  いけませんね、ニコニコしたつもりですがニヤニヤになっていたようです。  そんな私たちのやり取りに、ゼロスが笑顔で声を掛けてきます。 「ブレイラ、ニヤニヤしてる! うれしいの?」 「ふふふ。はい、嬉しいんです。受け取ってくれてありがとうございます」  私は子ども達を振り返りました。  そこにはイスラ、ゼロス、クロード。私の大切な家族がいます。  今、私は平穏で幸せな日々をすごしています。  でもこの時代に到るまでに数多の苦難と犠牲があったことを知りました。今も危うい薄氷の上に世界は存在している。私たちは初代時代でその薄氷を目にしたのです。  どうか、どうかこの平穏な日常が続きますように。  願わくば、このままずっと平穏な日々が……。 「ブレイラ~、はやくこっちきて! いっしょにおやつたべようよ~!」  ふとゼロスが呼んでくれました。 「ブレイラ、早く来い」 「ばぶっ、あー!」  イスラとゼロスも呼んでくれる。三人の子ども達が私を待っていました。  でもイスラが顔を顰めてクロードを見ます。 「……ん? おいクロード、尻が温かくなってるぞ。漏らしただろ」 「あ、あう~……」  指摘されたクロードが俯いてしまう。  俯いて小さな体を縮こまらせてぷるぷるしています。 「あ、クロードおちこんでる。もうすぐえ~んってしそう」  クロードの顔を覗き込んだゼロスが教えてくれます。  どうやらクロードの瞳がうるうる潤んでいるようでした。  そんな三兄弟の様子に私とハウストもクロードのところへ。そっと顔を覗き込んでみます。 「これは……うるうるですね。もうすぐえ~んです」 「ああ、これはもうすぐ泣くな」  クロードは下唇を噛みしめて瞳をうるうる潤ませていました。  イスラとゼロスもクロードを覗き込みます。 「ね、え~んってしそうでしょ? おもらしちゃったからかなあ」 「クロード泣くな。漏らしただけだろ」  イスラが励ましますが手遅れのようです。  兄上たちから漏らした漏らしたと言われてさらに落ち込んでしまったよう。  私たちの視線にクロードは「うっ、ううっ、うっ……」と嗚咽を噛みしめながらぷるぷるぷるぷる……。  このままでは大きな声で泣いてしまいますね。私は苦笑してイスラの膝にいたクロードを抱っこしてあげました。  あ、ほんとにお尻が温かいですね。着替えさせてあげないとお尻がかぶれてしまいます。 「クロード、落ち込まないでください。赤ちゃんはお漏らしするものです」 「うぅっ……。あぶぶ?……」 「そうです、お漏らしするものなんです。だから泣かないでください。ね?」 「うぅっ……。あいっ……。グスッ」  グスッとしながらも顔をぎゅっとして涙を耐えるクロード。立派ですよ、さすが未来の魔王様です。  私はクロードに笑いかけて、ハウストとイスラとゼロスに「クロードは泣くのを我慢できました」と嬉しい報告。  すると皆がほっとした笑みを浮かべて、楽しいお茶の時間の再開です。  それは今までと同じ平穏な日常。  私はこの平穏な日常が、明日も明後日も、一ヶ月後も一年後も十年後も、その先もずっとずっと続きますようにと願うのでした。

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