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番外編①「どうしてちちうえとブレイラはぼくにダメっていうの?」1

 ゼロスは朝から気象学の講義と体術のお稽古だった。  気象学では『よいこのおてんき』の教本を使ってお勉強した。子ども用の教材を使ったお天気実験は遊んでいるみたいで楽しかった。  体術のお稽古では精鋭部隊の教官がゼロスに組手の型を教えてくれた。以前はお稽古があまり好きではなかったが、イスラの特訓を乗り越えてからはお稽古が楽しくなってきた。なぜならイスラの特訓の方が厳しいと気付いてしまったから……。  こうして今日の講義とお稽古を終えれば昼からは自由時間である。 「あにうえどこかな~」  ゼロスはイスラを探して城内を歩き回っていた。  兄上の部屋も広間も居間も庭園もサロンも植物園もたくさん探したけれど見つからない。  もしかしてと思ってクロードの部屋に行ってみる。 「クロード、いる~? あ、ブレイラもいた!」  ゼロスの顔がパァッと輝いた。  クロードの部屋にはブレイラも一緒にいた。他にも女官や侍女たちがいてなんだか華やかでいい匂いがする。今まで筋骨隆々の教官たちと体術のお稽古をしていたので尚更だ。  ブレイラもゼロスを見ると優しく笑む。 「ゼロス、こちらへ」 「は~い。おひざにすわってもいい?」 「もちろんです。どうぞ」  ブレイラは明るい窓辺にいた。  大きな座椅子型のチェアに正座で座っているブレイラ。どうぞと手招きされるとゼロスは嬉しくなってピューッと駆け寄った。  ブレイラの膝にちょこんと座る。冥王として剣を握って戦うようになってもゼロスは三歳、まだまだお膝に座りたい年頃である。  ブレイラのお膝に座ったら次に気になるのはクロードだ。  クロードも部屋に入ってきたゼロスをじりじり慎重に振り返る。 「にー。ばぶぶ、あー」 「そうですね、ゼロスが来てくれましたね」  ブレイラがニコニコしながら答えた。  クロードはこくりと頷くと、またじりじり前を向いて緊張した顔。  日々成長しているクロードは最近では知っている人や物を見つけるとブレイラに教えてくれるようになったのだ。  今も教えてくれたわけだが。 「クロード、なにしてんの?」  クロードは一人でゆらゆら揺れていた。  ブレイラや女官達に見守られながら木馬に乗っているのだが、……真顔だ。赤ちゃんが真顔で木馬に跨って慎重にゆらゆら揺れている。落ちないように緊張しているようだ。 「……クロード、たのしい?」 「あい」  楽しいらしい。  ゼロスにはそう見えないがとにかく楽しいらしい。  クロードはいつも何かに乗る時は誰かと一緒だったり抱っこしてもらったりするが、子ども用の木馬は完全一人乗りなのである。足が届かないので緊張で足先がぷるぷるしている。でも楽しいので慎重にゆらゆらさせて遊んでいた。  そんなクロードにブレイラはニコニコしながらパチパチ拍手する。 「ステキですよ、クロード。クロードは馬に乗るのが上手ですね」 「あいっ」  馬上のクロードはどこか誇らしげだ。本人的にも満足しているようである。  こうしてゆらゆら前後に揺れてる赤ちゃんを見守りながらブレイラがゼロスに話しかける。 「ゼロス、今日は気象学と体術のお稽古でしたね。どうでしたか?」 「たのしかった。おてんきのおべんきょうしたの。あめとゆきのおはなしをきいて、おもしろいじっけんもした」 「そうでしたか、しっかりお勉強ができて偉かったですね」 「うん、こんどテストするんだって。ぼく、ひゃくてんとるんじゃないかなあ」 「ふふふ、それは楽しみです。応援していますよ」 「ひゃくてんとったらみせてあげるね。ねえブレイラ、あにうえしらない?」  ゼロスはブレイラにイスラのことを聞いてみた。  三日前からイスラは魔界の城に帰ってきている。だから今日の講義やお稽古が終わったら遊んでほしかったのだ。 「イスラなら朝から出掛けていますよ」 「そうなの!?」 「はい、きっといつもの酒場ですね。魔界に帰ってくるとよく顔を出していますから」 「それって、あにうえのおともだちの?」 「はい、あの店主様の酒場は素敵な場所ですから居心地がいいのでしょうね」 「そうなんだあ……」  ゼロスはなんだか拗ねたい気分になった。  イスラの友達の酒場にはハウストもブレイラも行ったことがあるのに、ゼロスだけ連れていってもらったことがないのだ。  何度も連れていってほしいとお願いしたが、生真面目なブレイラが子どもは立入禁止だと許してくれないのである。はっきり言ってこういう時のブレイラはちょっと厳しい。しかもブレイラが許可しなければハウストとイスラも許すことはない。  でもゼロスは思うのだ。ブレイラは酒場の話しをする時とても楽しそうなので、とっても良い場所なのではないかと。ブレイラは時々イスラに差し入れを持たせて店主に挨拶をしているくらいなのだから。 「ぼくもてんしゅさんに、ごあいさつしたほうがいいんじゃないかなあ」 「ええっ、ゼロスがご挨拶するんですか?」 「うん。てんしゅさん、ぼくをまってるんじゃないかとおもって」 「そ、そうかもしれませんが大人になってからでも大丈夫ですよ。店主様も待っててくれます」 「そうかなあ。いそいだほうがいいとおもうんだけどなあ」 「いえいえいえいえっ、急がなくても大丈夫ですっ」  ブレイラは焦りながらも誤魔化した。ゼロスは隙あらば酒場に行きたがるのだ。  もちろん三歳のゼロスをブレイラが行かせるわけがない。馴染みの酒場は昼間は健全な食堂だが、それでも場所は王都の歓楽区にあるのである。三歳児を連れ歩きたい場所ではない。  しかし諦めきれないゼロスはちらちらブレイラを見ながら「ごあいさつしたほうがいいとおもうんだけどなあ」と白々しく悩んだ顔をしている。  ゼロスのお願いにブレイラはほとほと困ってしまったが、その時丁度コレットが入室してきた。 「ブレイラ様、失礼いたします。確認していただきたい用件がありますので北離宮の執務室にお戻りいただきたいのですが」 「それは大事なお仕事ですねっ、すぐに確認しましょう!」  ブレイラは渡りに船とばかりに飛びついた。  これ以上のらりくらりと誤魔化すのはブレイラだって胸が痛むのだ。

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