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番外編①「どうしてちちうえとブレイラはぼくにダメっていうの?」2
「ゼロス、すみません。私は今からお仕事に行ってきます」
「そっか。いってらっしゃい、がんばってね」
そう言って膝に座っていたゼロスが立ち上がった。
ブレイラはいい子いい子とゼロスの頭を撫でると、次は木馬のクロードを振り返る。
「クロード、あなたはどうしますか? ここで遊んでいます?」
「あいっ」
クロードが真顔のまま返事をした。
木馬乗馬中のクロードは緊張しているのだ。
そんな様子にブレイラが小さく笑うとゼロスが立候補する。
「それならぼくがいっしょにあそんであげるね」
「それは嬉しいですね、クロードも喜びます。クロード、木馬遊びはここまでにしましょうか。ゼロスが遊んでくれますよ」
ブレイラはそう声をかけてクロードを木馬から降ろしてあげた。
この木馬は赤ちゃん用だが、もしゼロスがこれでクロードと遊ぶことになってしまったら……。…………勢いよく吹っ飛んでいくクロードしか想像できない。
木馬を片付けたのはブレイラの先回りした危険回避である。自分の子どもがどういう遊びをするか予測して危険信号が点滅したのだ。
「ではゼロス、クロードをよろしくお願いしますね」
「はーい、いってらっしゃい」
「あぶぶ、あー」
ゼロスとクロードがブレイラを見送った。
クロードも上手にバイバイである。
こうしてブレイラはコレットや女官とともに部屋から出て行き、部屋にはゼロスとクロードと世話役の女官や侍女が残された。
クロードはハイハイでおもちゃ箱のところへ行くとゼロスに向かってなにやら訴える。
「にー。ばぶぶっ、あい~」
「おさんぽいきたいの?」
「あいっ」
頷くと自分からおもちゃ箱に入るクロード。
赤ちゃんのクロードはゼロスに城内を連れ回される時おもちゃ箱に入れられることが多かった。どうやらゼロスはクロードを運ぶことを楽しんでいるようなのだ。
最初はびっくりして嫌々だったクロードだが、今ではすっかり慣れて自分からおもちゃ箱に入ることもある。
今も上手におもちゃ箱に入ると準備完了だ。
「にー、あいっ」
「いいよ、おさんぽいこ。しゅっぱーつ!」
ゼロスはおもちゃ箱を押して部屋を出発した。
最初の頃は困惑していた世話役たちも今では幼い二人の遊びを笑顔で見守っている。これはいつもの遊びなのだ。
こうして幼い二人の城内散歩が始まった。
すれ違う女官や士官たちに二人が「こんにちはー」「あうあー」とご挨拶するのはブレイラの教育の賜物である。
「クロード、どこいく?」
「あうー」
「うーん。…………そうだ! ちちうえのとこいこっか! ちちうえみにいこ!」
ゼロスが提案した。
本当は兄上と遊びたいけれど兄上は不在だ。ブレイラは北離宮で執務である。ならば父上のところに行くしかない。
クロードもパチパチ拍手して同意した。
こうしてゼロスとクロードは回廊や長い渡り廊下を歩いてハウストの執務室に向かった。
到着するとさっそく扉をノックする。
トントントン。
「ちちうえ~、ぼくだよ、ゼロスとクロードだよ。いるんでしょ~?」
「ばぶぶっ、あうあ~」
二人が扉に向かって声を掛ける。
執務室では父上がお仕事しているはずなのだ。
だが中から聞こえてきたのは……。
「…………俺はいないぞ。外で遊んでろ」
「もうっ、いるでしょ!」
バタンッ!
室内からの声にゼロスは勢いよく扉を開けた。
やっぱりいた。心底面倒くさそうな顔をしたハウストがいた。
クロードもハウストを見ると指差して「あい~、あー」とおしゃべり。『ちちうえいた』とでもしゃべっているのだろう。
そんな次男と三男の様子に執務中だったハウストが盛大なため息をついた。
「何をしに来た」
「ちちうえをみにきたの」
「……ここは遊び場じゃないぞ」
「だから、みにきたの!」
ゼロスは遊びに来たわけじゃないと主張する。
遊びに来たと言うと叱られるので、叱られない方法を学習したのだ。
だがもちろんそれが通るはずがない。
ここは魔王の執務室。上級士官や上級文官が行き交って忙しそうに働いている場所だ。決して子どもが気軽に遊べる場所ではないのである。本当なら魔王の執務室に近付くことすらできない。
しかしここにいるのは冥王と次代の魔王である。誰も阻止することは出来ない。
今も執務室にいる士官や文官は苦笑しながらも見守っている。幼児や赤ちゃんが訪ねてくることに慣れたのだ。
「それならもう見ただろ。違うところへ行って遊んでろ」
「ええ~。……あにうえいないし、ブレイラもおしごとだし」
「俺も仕事だ」
「そうだけど~」
「ばぶ~」
ゼロスとクロードは拗ねたように唇を尖らせた。
それは無邪気な子どもの表情だが、とことことこ。
ゼロスは当たり前のように執務室にとことこ入ってきて、当たり前のように執務室のソファにちょこんと座った。
もちろんクロードもおもちゃ箱から出して座らせてあげた。優しい兄上である。
当たり前のように魔王の執務室でくつろごうとする幼い二人に侍従が困惑しながらも気遣う。
「お茶をお持ちしましょうか」
「どうもありがとう。ぼくのこうちゃははちみつのにして。クロードはあかちゃんだからミルクにしてあげてね」
ゼロスはお願いしたが、ハウストの眉間の皺が深くなる。
「持ってこなくていい。こいつらを長居させる気か」
「す、すみませんっ」
魔王により即座に却下されてしまった。
可哀想に侍従は縮こまって下がる。ここにブレイラがいれば優しく労いの言葉がかけられただろうが、残念ながらここにブレイラは不在なのである。
「ちちうえがいじわるした」
「なにが意地悪だ。俺は執務中だろ、さっさと別の場所に遊びに行け」
「おさんぽしてるの」
「ここを散歩の順路に組み込むなよ」
「おさんぽのきゅうけいしてる」
「執務室をなんだと思ってるんだ。クロードもここで遊びだすな」
気が付くとクロードはお気に入りのハンカチを広げたり丸めたり……勝手に遊びだしていた。
しかもゼロスの方は拗ねた顔でハウストに愚痴を言う。
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