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番外編①「どうしてちちうえとブレイラはぼくにダメっていうの?」8
その頃、酒場では。
「このハンバーグ、肉替えたのか?」
「お、分かるか? いつもと別の産地のにしてみたんだ。肉汁がいい感じだろ?」
イスラが日替わり定食を食べていた。
もちろん試作品のスープにも感想を忘れない。
「このスープはまあまあだな」
「お前がまあまあって言うってことは、美味いってことだな。よしよし」
店主は頷いてイスラの感想をメモしていく。
この勇者は幼少期から魔王の城に住んでいるので舌が肥えているのだ。そのイスラが美味いと思ったなら大成功なのである。
「勝手に判断するなよ」
「お前が素直に褒めるのは王妃様くらいだろ」
「当たり前だ。ご馳走様でした」
こうしてイスラは遅い昼食を終えた。
食後の紅茶でも頼もうかと思った時、一人の男が駆けこんできた。
「大変だ、助けてくれ!」
男は同じ歓楽区で店を出している娼館の店主だった。
血相を変えて酒場店主に助けを求める。
「子どもと赤ん坊が賭博師の奴らに襲われてる! 助けてやってくれ!」
「なんだと?」
「今、王都にタチの悪い賭博師の連中が来てるんだ。どうもいかさましてたみたいで、それを子どもが暴いたから大変だ。賭博師の奴らが逆上して子どもを捕まえようとしてる」
「それでここに来たっていうのか」
筋骨隆々の酒場店主は荒事や揉め事の相談を持ち掛けられることが多かったのだ。
店主はあまり面倒ごとが好きではない。しかし子どもや赤ん坊が襲われているとなると行かないわけにはいかないだろう。
だが。
「イスラ、お前行ってやれよ」
「……なんで俺が。この歓楽区の揉め事はあんたが片付けてこいよ」
「ほら、俺はお前が食べた後の皿洗いが残ってるだろ。それに夜の準備だってあるんだよ」
「…………」
そう言われてしまえばさすがのイスラも断りにくい。
頼めそうな予感に店主はニヤリと笑う。
「食後の運動でもしてこいよ。まあ運動にはならないと思うがな」
「……チッ、帰ってきたらなにか食べさせろよ?」
「試作品のパフェ作ってやるよ。でっかいグラスに入ったやつだ」
「ここ酒場だろ……」
どうしてデザートばかり増えるんだとイスラは呆れながらも立ち上がった。関わりたくないが子どもが巻き込まれているのは放っておけない。
行く気になってくれたイスラに娼館の店主はひと安心だ。
「勇者様~、ありがとうございます! お礼にうちの店に招待しますっ。可愛い子紹介しますね!」
「それはいらん」
イスラは即答しつつ娼館の店主と酒場を出て行った。
店主は笑って見送り、カチャカチャと皿洗いをする。
フンフンと鼻歌混じりに皿洗いを終えると次は夜の料理の下拵えだ。だがその前に試作品のパフェ作りもしなくては、なんて考えながら店主は準備していたが。
「えっ?」
店主は固まった。
…………いる。なんかいる。道路側の窓に小さな影。
そう、幼児が背伸びして店内を覗いているのだ。
じーっ。店内を見つめる謎の幼児。
目が合うと幼児は引っ込んで、次に…………トントントン。扉をノックされた。
しかも扉がギィ~……と少しだけ開く。
隙間から覗いているのはやっぱり謎の幼児。よく見ると背中に謎の赤ちゃんをおんぶしている。
「こんにちは」
隙間から謎の幼児に挨拶をされてしまった。
困惑したが店主も挨拶を返すしかない。
「こ、こんにちは……」
「あにうえいますか?」
「えっ。あにうえ……?」
さっぱり意味が分からない。
兄上って誰だ。この幼児はなんだ。店主は皆目見当もつかない。
「はいってもいいですか?」
「ど、どうぞ……」
躊躇いながらも店主が許可すると謎の幼児の顔がパァ~ッと輝いた。
「おじゃまします! わああ~っ、ここがてんしゅさんのおみせかあ~っ」
「あぶぶ、あうーあー!」
嬉しそうに入ってくると二人は感激の顔で店内をきょろきょろ見て回る。
謎の幼児が感動したように両腕を広げ、店主をくるりと振り返った。
「ステキなおみせだね!」
褒められた。
よく分からないけれど謎の幼児に褒められた。
謎の赤ちゃんもパチパチ拍手している。
そう、この謎の幼児とはもちろんゼロスである。謎の赤ちゃんはクロードだ。
しかしそうと知らない店主はただただ困惑し、ゼロスとクロードは憧れの酒場に来ることが出来てただただ感激している。
「てんしゅさん、おいすすわってもいい?」
「え、あ、はい……」
「どうもありがとう! これがさかばのおいすかあ~」
ゼロスはカウンター席をキラキラの瞳で見つめた。
キッチンと一体になっていてかっこいいテーブルと足長の椅子なのだ。なんだかとってもおしゃれで、おしゃれさんのゼロスは嬉しくなる。
ゼロスはおんぶしていたクロードを椅子に座らせてあげると、自分もドキドキしながら足長の椅子によじ登って座った。
するとカウンターの店主と対面してまた感動する。
「わああ~っ、ぼくこんなのはじめて!」
「そ、そうですか。……あの、クッション使います? 赤ちゃんには籠がありますが……」
店主は困惑しながらもゼロスの椅子にクッションを置いて気遣ってあげた。
クロードの椅子には籠とクッションだ。籠に入れてもらってクロードも満足である。
「ありがとう。てんしゅさんってやさしいんだね」
ゼロスがキラキラした瞳で言った。
しかもうっとり顔だ。だってここはずっと憧れていた酒場で、目の前にはどんな人だろうと思いを募らせていた店主さんがいるのだから……。そう、今ゼロスの夢が叶っているのである。
だが。
「ど、どうも……」
店主は内心混乱していた。
謎の幼児がやって来たと思ったらキラキラ顔でやたらと話しかけてくる。
謎の赤ちゃんも籠のなかでハンカチを丸めたり広げたり……。謎の動きをしながら「あー」だの「うー」だの話しかけてくる。
…………まったく意味が分からない。
誰かを呼びに行きたいが、しかし幼児と赤ちゃんを店に残しておくことはできない。
頼むから誰かきてくれ……と店主は祈るように願うのだった。
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