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番外編①「どうしてちちうえとブレイラはぼくにダメっていうの?」9

 歓楽区の通りには相変わらず観衆が集まっていた。  そう、賭博師たちは王都で稼ぐことを諦めていなかったのだ。  だいたい幼児にいかさまを見破られたくらいで諦めるなら、最初から賭博師稼業なんてしていない。  賭博師集団は総勢十二人。五人の仲間にあの生意気な幼児と赤ん坊の追跡を任せ、残った七人は賭博ゲームで荒稼ぎの続きである。  いかさまゲームの稼ぎと幼児の保護者からいただく賠償金で、賭博師集団は徹底的に稼ぐつもりだった。  今も通行人をカモに荒稼ぎ中である。 「また負けた! こいつら、またいかさましやがってっ……!」 「証拠は? 証拠もねぇのにいかさまなんて酷い言いがかりだな」  賭博師たちはせせら笑う。  いかさまを見破った幼児は立ち去った。ならばここにいかさまを見破れる者はいないのだ。  賭博師たちは調子に乗ってゲームで金を巻き上げようとしたが。 「おい、いつからそのゲームはルールが変わったんだ?」  冷ややかな声が割って入った。  観衆は声の主を振り返り、表情がみるみる明るくなっていく。 「勇者様だ~!」 「やった~! もう大丈夫だ! 勇者様ならなんとかしてくれる!」 「勇者様が来てくれたのか!!」  ワッと盛り上がる観衆。  イスラが酒場『ワイルドハート』に出入りしていることは歓楽区では周知のことだ。イスラを連れてきた娼館店主も「俺が連れてきた!」とはしゃいでアピールしていた。  この勇者の登場に賭博師たちは愕然とする。  四界に生きていて勇者を知らない者はいない。しかも当代勇者は魔王の第一子なので魔界にいたとしてもおかしくないのである。  賭博師はみるみる青褪めてイスラを指差す。 「ホ、ホンモノの勇者さま……?」  観衆がいっせいに頷いた。  間違いない、本物の勇者…………。 「ぜ、全員逃げろ!!」  ここに残っていた七人の賭博師が即座に逃げ出した。  謎の幼児ならともかく相手が勇者だと分かっていて挑むわけがない。  こうして賭博師たちは蜘蛛の子を散らすように逃げたが。 「どこへ行くつもりだ」  イスラが一歩踏み出したかと思うと、一瞬で距離を詰めて一人目捕縛。  すかさず二人目、三人目と目にも留まらぬ速さで捕獲していく。  七人いた賭博師のうちすでに五人捕まえ、次は六人目。  だがこの六人目は往生際が悪かった。  イスラが捕まえようとしたのと同時に、六人目の賭博師は振り向いて隠しナイフで襲いかかったのだ。 「畜生おおっ! ただですむと」 「いい度胸だ」  ドガッ!!!! ガラガラガシャーーン!!!!  イスラの回し蹴りで六人目が吹っ飛び、テーブルに衝突して昏倒した。  勇者の容赦ない攻撃。  一般人に対してゼロスは攻撃をしなかったが、イスラは違う。力の制御ができるからこそ攻撃できるのである。  こうして残りは七人目、最後の一人。イスラは捕まえようと振り返ったが、その動きが止まる。その必要がなくなったからだ。  しかしそうと気付かない七人目はしてやったりと走って逃げる。勇者は諦めたと思ったのだ。  賭博師の男は出直しを誓う。とりあえず幼児を追跡している仲間と合流し、保護者を脅して荒稼ぎだ。 「ついてねぇぜ。全部あのガキのせいだっ。絶対取っ捕まえて保護者に責任取らせ、うわあっ!!」  ドンッ! 突然、男は壁にぶつかって引っくり返った。  賭博師は怒鳴ろうとしたが、見上げた男の威圧感に息を飲む。  ぶつかったのは壁ではなかった。壁のように頑丈な体躯の男……。 「保護者が、なんだ」  そう、ハウストだった。  ハウストは男を訝しげに見下ろしている。  そしてそんなハウストの隣にはブレイラ。「保護者がどうかしましたか?」と不思議そうな顔をしている。  ハウストとブレイラが並び立つ姿は近寄りがたい雰囲気があった。  ハウストは精悍に整った造形美を隠すことなく堂々としている。  ブレイラの方は頭から絹織物の美しいヴェールを被って顔を隠しているが、ヴェールの隙間から覗く美貌は多くの人の目を引くもの。  そんな二人は歓楽区で目立ちまくっていたのだ。  しかもデートでもしているかのように手を繋いでいる。 「あ、イスラ」  ブレイラがイスラを見つけてパッと笑顔になる。  嬉しそうに小さく手を振るブレイラにイスラの顔も優しくなった。  その間にもハウストにぶつかってきた男が慌てて逃げようとして、ハウストは男を片足で踏んで押さえつけた。 「ぐああっ……!」  男が情けない悲鳴を上げた。  なんとか逃げ出そうともがくがハウストの足はびくとも動かない。  明らかに不審な男。他にも六人の男が捕獲されていた。そのうちの一人は引っくり返って気絶している。 「おいイスラ、これはなんだ」 「その男は賭博師だ。いかさまの」 「なるほど、そういうことか」  ハウストは事情を察した。  ならばハウストがすることは一つである。 「捕らえろ。あとは警備兵の仕事だ」  ハウストがそう言ったと同時に、観衆に紛れていた護衛兵が音もなく現れた。彼らは歓楽区の人々に紛れてブレイラを護衛していた護衛兵だ。  普段からブレイラには護衛を兼ねた女官たちが仕えているが、他にも隠密の護衛が常に警備していた。  こうして賭博師たちが捕縛されて王都警備兵に引き渡される。あとは魔界の法の裁きを受けるだけだ。 「イスラ、お疲れ様です。大変だったようですね、あなたがここにいるなんて驚きました」  ブレイラが嬉しそうにイスラに話しかけた。  同じ城で暮らしているが、こうして偶然会えるとまた違った喜びがあるのである。 「ブレイラこそこんな所にいるからびっくりした。ハウストもいったいどうしたんだ」  魔王と王妃が理由もなく城から出てくることはないのだ。  当然の疑問にブレイラは苦笑して答える。 「実はゼロスとクロードが勝手に城を出てしまったんです。店主様の酒場に行ってしまったようで……」 「ゼロスめ……。いつかするんじゃないかと思ってたけど……」  イスラは呆れた顔になった。  以前からゼロスは酒場に興味津々でこんな日が来るんじゃないかとイスラも思っていた。次男ゼロスと末っ子クロードのことは両親も兄上もお見通しなのである。

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