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番外編①「どうしてちちうえとブレイラはぼくにダメっていうの?」11

 その頃、ワイルドハートでは……。 「てんしゅさんは、どんなおりょうりがとくいなの?」 「え、得意料理ですか? ……タルトとかケーキとか、スイーツ系でしょうか」 「いっしょ~! ぼくもね、ちちうえやあにうえとおっきいケーキつくったことあるの!」 「はあ、それは……良かったですね」  だからその父上と兄上はいったい誰なんだ……。  困惑を隠しきれない店主だが、謎の幼児、その名もゼロスはキラキラした瞳で店主を見つめている。  隣の謎の赤ん坊クロードも店主に向かってハンカチを広げてみせたり丸めてみたり……。  いったいこの兄弟はなんなんだ。突然店にやって来たと思ったら嬉しそうに店主に絡んでくるのだ。 「てんしゅさんは、どんなジュースがすきなの?」 「えっと……、りんごジュースでしょうか」 「わあっ、ぼくもりんごのジュースだいすき! おいしいよね!」 「は、はい……」 「てんしゅさんは、どんぐりってどうおもう?」 「えぇっ、どんぐり?」  いきなりのどんぐり。まったく意味が分からない。  しかしゼロスの瞳はキラキラ輝いて答えを待っている。  そう、店主は幼児からずっと質問攻めされていた。  ゼロスはテーブルに両肘をついて頬杖をつき、「それでそれで? おはなしきかせて?」とやたらと店主とおしゃべりを楽しんでいる。  今や謎の幼児と謎の赤ちゃんはすっかり酒場でくつろいでいた。 「……ど、どんぐり。可愛いと思いますが」 「わあっ、それもいっしょ! どんぐりかわいいよね! ぼく、かわいいどんぐりもってるんだけど、みる?」  そう言ってゼロスは鞄をごそごそ漁りだす。  店主が「え? え?」と困惑している前で、ゼロスはどんぐりを勝手にカウンターに並べだす。その数、五個。 「ここにどんぐりかざっとくね。おしゃれだとおもうの」 「あぶーっ、あーあー」  クロードもパチパチ拍手で絶賛した。  おしゃれなカウンターとかわいいどんぐりのコラボ。最高におしゃれだ。幼児と赤ん坊にとってどんぐりはおしゃれアイテムなのである。  そんな幼児と赤ちゃんに店主は押されっぱなしだが、店主はハッとして思い出す。イスラが帰ってきたらジョッキグラスに盛った巨大パフェを食べさせる予定なのだ。フルーツをカットしてパフェの下準備をしておかなければならない。  カウンターキッチンでフルーツをカットし始めた店主。  ゼロスとクロードは瞳をキラキラさせて見学する。だって店主の武骨な手がフルーツをとっても可愛くカットしていくのだ。 「てんしゅさん、じょうずだね~」 「ばぶぅ~」  感心する幼児とパチパチ拍手する赤ちゃん。 「ぼくはまだじぶんでできないんだけど、ぼくのあにうえもとってもじょうずにフルーツきれるの」 「そうですか」 「うん!」  じーっ。じーーっ。  キラキラ瞳の幼児と赤ちゃんがじーっと見ている。  店主は視線に耐え切れなくなった。 「……あの、プリンあるんですけど、食べます?」 「えっ、プリン!? わあああっ、ぼくうれしい~!」 「ばぶぶっ、あいあ~!」  はしゃぐ幼児と赤ちゃんに余っていたプリンを御馳走することにした。  そうでもしなければ店主はパフェ作りに集中できそうもない。  店主はガラス皿にプリンを乗せてフルーツで可愛く飾り付ける。プリンの上にさくらんぼを乗せれば完成だ。 「どうぞ」 「わああ~っ! てんしゅさん、どうもありがとう! プリンかわいい~!」 「きゃあああ!」  ゼロスとクロードが歓声をあげた。  夢にまで見た酒場に来て、夢にまで見た店主さんとおしゃべりして、プリンまでご馳走してもらえるなんてとっても嬉しい!! 「いただきます!」  ゼロスは手を合わせるとさっそくスプーンで食べ始めた。  瑞々しいフルーツやぷるぷるのプリンを嬉しそうに食べる。パクパクモグモグ、とってもおいしそうだ。  でもふと店主は気付く。  とても元気にプリンをパクパク食べているが、その姿は幼児にしては行儀がいい。スプーンの持ち方といい食べ方といい、幼児特有のたどたどしさはあるが基本的な食事作法が身についている。  この謎の幼児は貴族の子息だろうか。貴族だとしたらどうしてこんな歓楽区に……。  店主の疑問が深まっていく。 「あうあーっ。ぶーっ」  ふと赤ん坊が怒った声をだした。  上手に食べられなくてプンプン怒りだしたのだ。  プリンにスプーンを突き刺すもののうまく掬えない。赤ちゃんがスプーンを握りしめてプンプンだ。 「あ、またプンプンしてる~。ぼくがたべさせてあげるね、あーんは?」 「あーん。もぐもぐ」  プンプンしていた赤ちゃんに幼児がプリンを食べさせてあげた。  赤ちゃんも満足そうだ。  でも店主はそんな二人の姿に、ふと友人の勇者とのなにげない会話を思い出す。 『俺のとこの一番下の弟、やたら怒るんだ。ちょっとしたことで怒るぞ』 『ハハハッ、イスラのとこの一番下はまだ赤ん坊だったよな。……てっ、ちょっと待て。お前んとこの一番下は未来の魔王様だろっ』 『それがどうした。今はただの赤ん坊だ』 『ただのってなんだ。俺たち魔族の次の王様だってのに』 『クロードが弟になるまで赤ん坊が怒ったところを見たことがなかったんだ。ゼロスは赤ん坊の頃からただの甘ったれだったからな』 『おい人の話し聞けよ。それにもう一人の弟は冥王様だろ』  そうやってイスラは甘えん坊と怒りん坊の弟たちのことを話していたのだ。  店主はそれを思い出し、もう一度カウンター席の幼児と赤ちゃんを見た。 「はい、もういっかいあーん」 「あーん。もぐもぐもぐ」 「おいしいね」 「あいっ」 「あ、おくちふいてあげる」  そう言って幼児がハンカチを取り出すと、赤ちゃんが「うー」と小さな唇を前にだす。  綺麗にふきふきしてまた二人でプリンを食べていた。  幼い兄弟の光景は平和なものだ  そんな二人がまさか冥王と次代の魔王だなんて……ことあるはずがない!  そうだ絶対ない!  本当の冥王と次代の魔王は今頃、城の北離宮にいることだろう。幼いうちは王妃ブレイラの手元で大切に育てられているのだから。  だからこんな酒場でプリンを食べているはずがない。  ただ。 『あにうえいますか?』  そう言って店内を覗いていた幼児。  その兄上とはまさか……。友人の顔が店主の脳裏を過ぎる。  ………………。  いやいやいやいやいや、そんなはずはない。そんなことあってたまるか。  そうやって店主は自分に言い聞かせていたが、ふいに。 「邪魔するぜ! ガキと赤ん坊を出せ! ここにいるのは分かってるんだよ!!」  バターーン!!  突如、五人の男が店に入ってきた。  そう、ゼロスとクロードを追っていた賭博師たちである。

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