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番外編①「どうしてちちうえとブレイラはぼくにダメっていうの?」13
「ブレイラだ~! ちちうえとあにうえもいる~!!」
ゼロスが満面笑顔でぴょんぴょんした。
クロードもブレイラたちを順番に指差して「あうあー、あー」となにやらおしゃべり。『あれはブレイラ』『そっちはちちうえ』『こっちはあにうえ』と店主に教えているようである。
そんないつもの元気な二人の姿にブレイラが安堵の表情になる。大丈夫だと信じていたが、こうして無事に会えて安心したのだ。
「ああやっぱりここにいたんですね、良かったっ。ゼロス! クロード!」
「ブレイラ~!」
ゼロスがブレイラに駆け寄った。
ブレイラは膝をついてゼロスをぎゅっと抱きしめる。
「無事で良かったです。怪我はしていませんか? 心配したんですよ? 勝手に城の外に出たらダメじゃないですか」
「ごめんね。ぼくもてんしゅさんのおみせ、いってみたかったの」
「ゼロス、あなたという子は……」
ブレイラは脱力して、でも「仕方ない子ですね」と小さく笑う。
ゼロスはとても素直な子どもなので、自分の好奇心にも素直なのだ。しかもそれを実行するだけの規格外の力を持っている。ゼロスらしいといえばゼロスらしいけれど、やっぱりブレイラは心配なのだ。
「あうあー。あー! うー!」
赤ちゃんの声が割り込んだ。
店主に抱っこされたクロードがブレイラに『はやくだっこしろ』と両手を差しだしている。
身を乗り出して暴れているクロードに店主が焦っていた。まるで釣り上げたばかりの魚のようなのだ。
「すみません王妃様っ。……ク、クロード様、あばれないでっ」
この赤ちゃんさんを落としてはならない。しかしがっしり強く抱くわけにもいかず、ソフトに優しく抱っこだ。一般人相手の手加減戦闘よりも気を使う。
そんな店主にブレイラは気付くと、ゆっくり立ち上がって足を向けた。
側に来たブレイラに店主は緊張で背筋を伸ばし、クロードはいっそう両手を伸ばして身をよじる。
「あうあー、あー!」
「クロード、あなたが無事で良かったです。元気そうですね」
ブレイラは小さく笑ってまずクロードに手を伸ばす。
店主から受け取って抱っこすると、クロードは安心したようにブレイラの腕の中で丸くなる。そしてブレイラに教えるように店主を指差した。
「あいー、あぶぶっ」
「はい、そうです。店主様ですよ」
「あいっ」
クロードは満足したように頷くと、またスプーンをちゅぱちゅぱしゃぶりだした。
そうしている間にも昏倒している賭博師たちは王都警備兵に連行されていき、ブレイラが改めて店主に向き直る。
「店主様、ありがとうございます。ゼロスとクロードがお世話になりました。ご迷惑をおかけしましたよね?」
「と、とと、とんでもありませんっ! 可愛いぼっちゃんさんと赤ちゃんさんでした!」
店主は恐縮して首を横に振りまくった。
そんな店主の反応にブレイラは目を丸めるも、おかしそうにクスクス笑う。
そしてクロードがちゅぱちゅぱしているスプーンに目を細める。カウンターを見ると空になったガラス皿と食べかけのプリンが置いてあったのだ。
「二人がとてもお世話になったようで。あのプリン、ゼロスとクロードですよね?」
「そうなの! てんしゅさんがぼくとクロードにプリンたべさせてくれたの! プリンをかわいくしてくれておいしかった~!」
ゼロスがぴょこんっと顔をだす。
ブレイラの足にぎゅっと抱きついていたのだ。
「そうだよね、クロード?」
「あいっ」
「教えてくれてありがとうございます。店主様にお礼は言いましたか?」
「いった~! てんしゅさん、いっぱいありがとう!」
ゼロスは元気にお礼を言うと、今度はハウストとイスラがいる方に駆けて行った。
ゼロスはハウストの足によじ登ってイスラに話しかける。
「あにうえさがしてたのに、どこにいってたの?」
「何が探してただ。勝手に城から出るなよ」
「だって~」
「だってじゃないだろ」
イスラが呆れた顔で言った。
足によじ登られたハウストは「……だからどうしてわざわざ俺に登るんだ」と眉間に皺を刻んでいる。
騒がしいやり取りにブレイラは小さく笑っていた。
しかし店主は笑える状況ではない。今、店内に魔王と王妃と勇者と冥王と次代の魔王というあり得ない顔ぶれが揃ってしまっているのだから。
「店主様、二人をありがとうございました。二人がプリンをご馳走になりました」
「お礼など勿体ないことですっ。むしろ余計なことをしてしまったんではないかとっ」
「いいえ、ゼロスとクロードがとても喜んでいます。二人がいなくなった時は心配でしたが、店主様のところにいてくれて良かったです。ご迷惑をおかけすることもあると思いますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします」
「王妃様っ、有り難き御言葉ですっ……!」
店主は感激して涙目になった。
店主は先代魔王時代に精鋭部隊大隊長として先代魔王に仕え、当代魔王ハウストと敵対した過去がある。先代魔王の命令とはいえハウストと戦ったのだ。
現在は退役して酒場の店主をしているが、かつて仕えた王家の王妃からの御言葉は格別なもの。ましてや当代王妃ブレイラは人間でありながら魔族に受け入れられた稀有な存在で、今の魔界でこの麗しい王妃を知らない者などいないのだ。
万感が込み上げる店主だったが。
「なにデレデレしてるんだ」
呆れた声が割って入る。イスラだ。
「イ、イスラっ、なにがデレデレだ! これは感動だ! お前にこの気持ちが分かって堪るか!」
「分からん」
「ほらな!」
店主はそう言ってイスラを睨む。
だがそれをイスラが気にかけることはなく、むしろ太々しく店内を見回す。
「おい、パフェはどうした。用意しとくって言っただろ」
「えっ、なにそれ! てんしゅさんパフェつくるの!?」
聞いていたゼロスがパッと顔を輝かせた。
三歳児はパフェという単語を聞き逃さないのだ。
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