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番外編②・魔王一家視察旅行【西都編】1

◆◆◆◆◆◆  初代時代から帰還して一ヶ月後。  魔王ハウストは魔界の東西南北の領土を視察することになった。  それぞれの領土を順番に巡ることになり、まずその第一弾としての行き先は西の大公爵ランディが統治する西都である。  魔王は王妃と子どもたちを連れて家族で西都へ向かう。視察ということになっているが、それはほぼ家族旅行のようなものだった。 ◆◆◆◆◆◆  ガラガラガラガラ。馬車の車輪の音が心地よく響きます。  車輪の音に混じって聞こえるのはゼロスの元気な声。 「あ、おしろだ! あにうえ、おしろ!」  ゼロスが馬車の窓から大きく身を乗りだして山間に見える巨大な城を指差します。  騒がしい弟に隣に座っていたイスラは呆れた顔をしています。それでもゼロスが落ちないように後ろからシャツを掴んであげているのですから優しいですね。 「分かったから大人しくしろ。落ちるぞ?」 「おちないもん!」 「さっき落ちそうになってただろ」 「そうだけど~」  ゼロスが唇を尖らせながらもお行儀よく座り直しました。  イスラの言うとおりはしゃぎすぎて窓から転がり落ちそうになったのです。 「にー。あうあ~」  私が抱っこしているクロードがゼロスを指差しました。『あにうえきた』とでも言っているのでしょうか。  クロードは知っている人や物を見ると指差しで教えてくれるのです。  そんな弟のクロードにゼロスもたくさん教えてくれます。 「クロード、みえる? あっちにおっきなおしろあるよ」 「あう? あーあー」 「ほら、あそこ。あそこにみえるでしょ? まかいのにしのおしろなんだって。わかった?」 「あいっ」  抱っこしているクロードも遠くに見える城を見つめています。  私は城を見つめるクロードの横顔をこっそり見つめました。  この子はまだ赤ちゃんなので自分が西都で生まれたことを知りません。  西の大公爵ランディと魔王の妹姫メルディナの間からクロードは生まれました。私はハウストの世継ぎを授かれないので、魔王の妹であるメルディナの子どもが次代の魔王となるのです。  そして王妃の私がクロードを譲り受けました。魔王ハウストと王妃である私の手元で立派な魔王に育てるために。  このことはクロードがもう少し成長したら話すつもりですが、赤ちゃんの今はそういったことは知らずにすくすく育っています。赤ちゃんに難しい話しはまだ出来ませんからね。 「今日から三日間、緊張しますね」 「視察は初めてじゃないだろ」  隣に座っているハウストが不思議そうに聞いてきました。  私は思わず目を据わらせてしまう。あなた、なにも分かっていないのですね。 「どれだけ経験しても慣れるものじゃないんです。これからもずっと慣れません」 「そういうものか」  ハウストは納得したようなしてないような、そんな顔。でも今度はクロードを見ると不思議そうな顔になります。 「ところでクロードはなんでリュックを背負っているんだ」  ここ馬車だろ、とハウストが不思議そう。  そう、クロードは赤ちゃん用の小さなリュックサックを背負っていました。  それというのもクロードにゼロスとお揃いのリュックサックをプレゼントしたのです。ゼロスとサイズ違いのリュックサックをプレゼントするととても喜んでくれたわけですが……。 「この子、背負ったまま降ろそうとしないんです。ちょっと見ててくださいね」  私はそう言うと、クロードにリュックを降ろさせようと声を掛けます。 「クロード、そろそろ降ろしたらどうですか?」 「あうーっ。あーあー!」  プンプンです。  リュックを降ろそうとするとぎゅっと掴んでプンプン抗議してきます。 「見ての通り怒ってくるんですよ」 「そんなに気に入ったのか?」 「気に入ったというより、リュックを背負っていれば自分もお出かけメンバーだと思っているようです」 「そういうことか……」  ハウストも納得したようです。  クロードは三兄弟の末っ子でまだ赤ちゃんです。だから兄上たちが出かける時にお留守番になることが多いのですが、クロード本人は納得していないようでお留守番のたびにプンプン怒って大変なのです。  でもリュックサックを背負えば自分もお出かけメンバーになれると思っているのかもしれません。ゼロスがよくリュックを背負っていますから。  ……まあいいでしょう。赤ちゃん用リュックの中身はおむつと哺乳瓶とハンカチなのでそれほど重くありませんから。それに。 「でも、かわいいですよね。赤ちゃんが赤ちゃんのリュックを背負ってる姿というのは、なかなか良いものです」  ほうっ、ため息がもれました。  可愛い赤ちゃんが可愛いリュックを背負っているのです。眺めているだけで幸せな気持ちになれますね。  うっとりする私にハウストは苦笑しますが、いいのです。 「クロードのリュックも用意してあげて良かったですね。視察へ行く準備中もずっとソワソワしていましたから。自分の分の荷物を用意されているかチェックしてたんですよ?」  思い出して笑ってしまいます。  お出かけの準備はすべて女官や侍従がしてくれますが最終確認には私も参加します。その時に抱っこしていたクロードは自分の荷物を見つけると「あいっ」「あいっ」と嬉しそうに指差していましたから。自分も一緒にお出かけの予感を察知したのです。 「旅行気分になってしまっているな」 「ふふふ、出発前にフェリクトール様からも釘を刺されてしまいましたからね。『これは家族旅行じゃない、くれぐれも羽目を外しすぎないように』と何度も注意されました」 「口煩い奴だ」 「またそんなことを言って」  そう言ってみたものの、いけませんね、私だって楽しみな気持ちが隠し切れません。  視察だと思うと緊張しますが、家族みんなで揃って出かけられることが楽しみで仕方ないのです。  私たちが乗車する馬車を中心にした隊列は街道を進んで西都へ向かっていく。  まだ遠くに見える大公爵の城館が徐々に近づいてきて、西の領土最大の都である西都の賑わいが感じられるよう。  なによりランディやメルディナに久しぶりに会えるのも楽しみです。  こうして私たちの西都視察旅行が始まるのでした。  魔王の隊列が西都の大通りを進みます。  大通りにはたくさんの魔族が集まって大歓声とともに迎えてくれる。隊列が進む先に花びらが舞い、拍手や歓声が混じってとても賑やか。まるでパレードのようでした。  歓声に応えて手を振ると、それに応えるようにさらに歓声が大きくなりました。受け入れられている実感がして嬉しかったです。  そして西都の中心にある小高い丘の上、そこに西の大公爵の城館がありました。  城館の正面玄関で馬車が停車します。  馬車の扉が開くと、まずゼロスが飛び出していきます。次にイスラ、ハウストと続きました。私は抱っこしていたクロードをイスラに渡すと、ハウストの手を借りて馬車を降ります。 「足元に気を付けろ」 「はい、ありがとうございます」  ハウストに礼を言うと次はイスラのところへ。 「イスラ、クロードをありがとうございます」 「ああ」  クロードを受け取ると、家族揃って改めて前を見つめました。  私たちを出迎えてくれるのは西の大公爵ランディと西の大公爵夫人メルディナ。その後ろには大公爵に仕える高官や女官がずらりと勢揃いしています。

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