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番外編②・魔王一家視察旅行【西都編】3

 その日の夜。  西都では私たちを歓迎する晩餐会が開かれました。  晩餐会は西都各地の貴族や豪商が出席して盛大に開かれました。西の領土を来訪した魔王にひと目会う為とたくさんの方々が参じてくれたのです。  西都に到着して早々だったので疲れてしまいますがこれも大切な政務なので頑張りました。  晩餐会が無事に終わり、今は迎賓館の居間で過ごしています。  西都での視察中、私たち家族は迎賓館に滞在するのです。 「ハウスト、お疲れ様です。紅茶を淹れますね」 「ありがとう。お前もゆっくり休めよ」 「はい、ありがとうございます」  私は紅茶を二人分淹れるとテーブルに置きました。  今、イスラとゼロスとクロードは入浴しているので、三人にはあとで冷たい飲み物を用意してあげましょう。  一人で入浴に行ったイスラをゼロスが追いかけて、そんな二人をクロードが追いかけたのです。イスラは少しうんざりしていましたが結局三人で迎賓館の露天風呂に行きました。  三人の兄弟は各世界の王になる子たちですがとても仲良しです。  長男の勇者イスラは厳しいながらも二人の弟を可愛がってくれます。次男の冥王ゼロスは兄上のイスラを尊敬し、弟のクロードをたくさん構って遊んでくれます。三男の次代の魔王クロードはまだ赤ちゃんですが二人の兄上をよく追いかけています。  クロードは自分も兄上たちと一緒じゃないと嫌なようですね。晩餐会の時もクロードはイスラとゼロスをよく目で追っていましたから。  それを思いだして笑ってしまいましたが……。  私は少し困って視線を落としてしまう。その晩餐会で一つ確信を持ったことがあるのです。  それはメルディナのこと。  最初は気のせいかと思っていましたが、やはりメルディナはクロードを無視している様子があるのです。 「ハウスト、あの、お話しが……」 「どうした、そんな物憂げな顔をして。晩餐会でなにかあったのか?」 「なにかあったというか……」  少し言葉に迷って黙り込んでしまう。  そんな私をハウストが隣に呼んでくれます。  隣に座ると彼の体温を近くに感じて少しだけ気持ちが落ち着きました。 「あなたも気付いてますよね、メルディナのこと……」 「そのことか」  やはりハウストも気付いているようでした。  晩餐会でのメルディナはいつも通りといえばいつも通りでした。  私には相変わらず生意気な態度ですが、それはもう挨拶のようなもの。なんだかんだ言いつつも彼女は私を王妃として認め、西の大公爵夫人という立場で私に従ってくれます。今夜の晩餐会でも私を支えてくれました。  でもクロードにだけ必要以上の接触をしなかったのです。あからさまに無視している様子はありませんでしたが、私はクロードを抱っこしていたので違和感に気付いたのです。  ふと、膝の上に置いていた私の手にハウストの手が重なりました。慰めるように握ってくれます。 「ブレイラ、お前も分かっているだろう」 「…………。……クロードを守るため、ですよね」  そう、すべてはクロードを守るため。  メルディナがクロードに必要以上に近付こうとしないのは、外部からの邪な企みを寄せ付けない為ですよね。  魔界の姫として生まれたメルディナは権力の中枢には多くの謀略、陰謀、嫉妬、悪意が渦巻いていることを知っているのです。隙を見せればあっという間に飲み込まれてしまうでしょう。  まだ幼いクロードはそういったものから身を守る術を持ちません。  正式な世継ぎとしてハウストと私の子どもということになりましたが、それでも魔王ハウストの実子ではないのです。それは付け入る隙になり兼ねないということ。  だからメルディナはクロードへの対応に慎重になっているのです。クロードを突き放すことで守ろうとしているのです。  それは紛れもなく愛情。胸が切なくなるほどの深い愛情でした。  でもね、でも私は……。 「メルディナのクロードを守りたいという気持ちは分かります。でも」 「それ以上は言うな」  ふいに遮られました。  ハウストは私の手を握ったまま真剣な顔で続けます。 「俺とお前はこうなることを最初から分かっていた。すべてを承知で俺たちは結婚したんだ」 「ハウスト……」  私は息を飲む。  目を閉じて、……ゆっくり目を開けてハウストを見つめます。  はい、分かっていますよハウスト。ハウストと私の結婚は多くの魔族の理解と助力があってはじめて幸せな結婚となり得たのです。私はそれを忘れません。 「その通りです。私はなにを犠牲にしてもあなたを諦めたくなかった。それはあなたに恋をした時から今も変わりません」 「ああ、俺もだ。愛しているぞ」 「はい、私も愛しています」  吐息が届くほど近い距離で言葉を交わして、見つめあったまま触れるだけの口付けを交わしました。  今まで何度も口付けを交わしたのに、結婚までしているのに、いつも初めて口付けを交わした時のように胸が高鳴ります。まるで毎日恋をしているよう。 「ブレイラ、クロードを守りたいという気持ちは俺とお前も同じだ。俺とお前はそれを知っている」 「……メルディナの真意を私たちが知っていること、それがメルディナの覚悟に報いることだというのですね」 「そうだ」 「分かりました……。メルディナを見守ろうと思います」 「ありがとう。そうしてやってほしい」  ハウストが少し安心した顔になりました。  ハウストにとってメルディナは実の妹です。彼女の覚悟を誰よりも知っているから尊重してあげたいのでしょう。  こんな時に不謹慎かもしれませんが少しだけメルディナが羨ましい。ハウストの妹という存在は四界でたった一人、メルディナだけですから。 「ただいま~! おふろたのしかった~!」  露天風呂からゼロスが帰ってきました。その後ろにはイスラとクロードもいます。  子どもの明るい声に先ほどまでの雰囲気が打ち消されました。 「おかえりなさい。楽しかったようですね」  私は立ち上がって出迎えます。  ゼロスが嬉しそうに駆けてきました。 「うん! ぼくがクロードあらってあげたの!」 「えっ、ゼロスが洗ってくれたんですか?」 「うん! ぼくがからだあらってあげた。でもあたまはあにうえがした。ぼくだとクロードのおめめにはいっちゃうからまだダメだって」 「ふふふ、そうでしたか」 「うん。でも、ぼくもじょうずにできるとおもうんだけどなあ。クロードもピカピカになるとおもうんだけどなあ」 「そうですね、もう少し大きくなったらよろしくお願いします」  そう言ってゼロスの頭をいい子いい子と撫でてあげました。  ゼロスは満面笑顔を浮かべると、今度はハウストに向かって駆けていきます。

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