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番外編②・魔王一家視察旅行【西都編】4

「ちちうえ~、おふろおわった! あしたはちちうえとはいってあげようか?」 「いらん」 「どうしてそういうこというの! ダメでしょ!」 「お前と入ると静かに入れないだろ」 「ええ~、おふろであそぶのおもしろいのに~」  不満そうなゼロスにハウストが「風呂くらいゆっくり入らせろ……」と頭を抱えていました。  私は次にクロードを抱っこしているイスラに向き直ります。  憮然とした顔のイスラに苦笑してしまう。 「お疲れ様でした。大変だったようですね」 「ああ、大変だった」  イスラがきっぱり答えました。  その様子に笑ってしまいそうになるけれど、イスラは大変だったのに笑ってはいけませんね。ゼロスだけでも騒がしくなるのにクロードまで一緒だったのですから。 「せっかくお風呂の時間だったのに、あまりゆっくり出来ませんでしたね」 「大丈夫だ、夜の鍛錬のあとでまた汗を流しに行く」 「この後も鍛錬するんですか?」 「習慣なんだ。今日は移動と晩餐会で体を動かしてないからな」 「ふふふ、それはちょっと分かるような気がします」  今日は馬車で長時間移動して夜は晩餐会という日程でした。たしかに体を動かしたくなりますよね。 「冷たい飲み物を用意していますから休んでください」 「ありがとう。クロードを頼む」 「ばぶっ」  クロードが私に渡されます。  抱っこすると風呂上がりのぽかぽかした甘い温もり。小さな体から石鹸の香りが漂って、クロードもさっぱりした顔をしていました。  露天風呂では遊んでもらったり体を洗ってもらったりして大満足のようですね。 「クロード、良かったですね。楽しかったですか?」 「あいっ、あうーあー。ばぶぶっ、あー」  クロードが一生懸命おしゃべりしています。きっと露天風呂でのことを教えてくれているのですね。  私はクロードのおしゃべりを聞きながら三人に冷たい飲み物を用意してあげるのでした。  翌日。  今日から本格的に西都での政務が始まります。  ハウストは朝から西都の貴族から謁見を受けていました。謁見を望む貴族が列をつくっているのできっと昼を過ぎても謁見の間から出られることはないでしょう。  イスラも朝から政務をこなしています。今回の視察旅行は魔王の第一子として来ているのですが、研究室に呼ばれたり式典の来賓挨拶を求められていたりととても多忙です。  そして私はというと迎賓館の別館にあるサロンで貴族の夫人や令嬢とお茶会を開くことになっていました。  もちろんゼロスとクロードは私と一緒です。  ゼロスは『ぼくはめいおうさまだから、ちちうえとあにうえのおてつだいしたほうがいいとおもうんだけどなあ』などと言っていましたが、ダメです。まだ早いです。冥王の自覚をするのはよいことですが、今回の視察ではハウストと私の第二子として来ていますから三歳児として扱います。  今、迎賓館から別館への回廊を女官や侍女の集団が列をつくって進んでいました。そう、王妃である私の列です。私はクロードを抱っこし、もう片方の手でゼロスと手を繋いで歩いていました。ただ移動するだけでも私には大勢の女官や侍女が付き従うのです。  その仰々しさに王妃になったばかりの頃は気後れし、歩調一つにも神経をすり減らしていました。今でも慣れたとは言えませんが、それでも以前よりは集団を連れて歩くことに抵抗はなくなってきましたよ。  今も私の一番近くには西の大公爵夫人メルディナがいて、次には高位女官、女官、侍女、と階級の序列順に整列して進んでいました。  そんな中、手を繋いでいるゼロスが笑顔で話しかけてきます。 「ブレイラ、きょうはなにするの?」 「西都の皆さんとお茶したりお話ししたり、仲良くするんですよ」 「そうなんだあ。ぼくも『なかよくしてね』てするね」 「ふふふ、お願いしますね。ゼロスは上手にご挨拶できるので安心です」 「まあね!」  ゼロスはえっへんと胸を張ると、私が抱っこしているクロードを見上げます。 「ぼくはおっきいからごあいさつするけど、クロードはあかちゃんだからミルクでものんでなさい」 「あうー。ばぶぶっ、あー!」 「クロードまたおこってる~。でも、クロードはあかちゃんでしょ」  ゼロスとクロードの言い合いが始まってしまいました。  そんな二人を見守りながら西都の女官がサロンの様子を教えてくれます。 「王妃様、本日は西都各地より王妃様にひと目お会いしたいと貴族や豪商の夫人や令嬢が集まっております」 「私も皆さんにお会いできるのを楽しみにしていました。四大公爵夫人会議の時にお会いした方々もいるんですか?」 「もちろんでございます」  サロンにはすでに出席者が全員揃っているようです。緊張しますが楽しみですね。  ふとメルディナが小声で話しかけてきます。 「王妃、お茶会では初代時代の話しを不用意にしないようにくれぐれも気を付けてくださいませ」 「もちろんですよ。任せてください」  もちろん分かっています。  私たちが初代時代へ行ったことは周知されていますが、その中身については公けにしていませんでした。初代時代に海底に沈んだレオノーラが祈り石になって世界を守っているという事実は、この時代に生きる者たちにとっても衝撃的な内容なのです。 「大丈夫かしら……」 「なんですか、もっと私を信用しなさい」 「それが出来ないから心配してるんじゃない」 「なにか言いましたか?」  じっと睨みあってしまう。  でも王妃と西の大公爵夫人の睨みあいに女官たちが焦りだしてしまいます。 「あ、あの、王妃様……」 「ああすみませんっ、メルディナに明日の予定のことを聞いていたんです。明日は大瀑布ですよね、案内を頼んでいるのでその確認です」  嘘ではありません。明日は本当にランディとメルディナの案内で大瀑布へ行く予定が入っていますからね。  私は気を取り直して手を繋いでいるゼロスを見ました。 「ゼロス、今から行くサロンではいい子にしていてくださいね。騒いではいけませんよ?」 「わかった!」 「ご挨拶もお願いしますね?」 「じょうずにできる!」 「よいお返事です」  私は繋いでいる手にぎゅっぎゅっと力を入れます。  するとゼロスは満面笑顔でお返事をするようにぎゅっぎゅっと握りかえしてくれました。  ちょっとした戯れを楽しみながら回廊を進み、サロンの大きな両扉が見えてきます。

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