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番外編②・魔王一家視察旅行【西都編】5
「王妃様、到着いたしました。開扉いたします」
私が前に来ると両扉が開かれました。
広々としたサロンには大勢の名家の夫人や令嬢がいます。私の登場と同時にみながいっせいにお辞儀しました。
「王妃様、西都へようこそお越しくださいました」
「王妃様、こちらへ」
女官に先導されてサロンの奥へ足を進めます。
夫人や令嬢たちの間をゆっくり進み、サロンの奥にある小階段を上がりました。その段上からはサロン全体を見渡すことができるのです。
段上には上等なラグが敷かれ、華やかな装飾が施された肘置きと座椅子が置かれていました。
私は座椅子に座ると肘置きに手を置きます。
私の膝上にはクロード、隣にはゼロスも座りました。
私たちが座るのを待ってからメルディナも斜め前の位置に座ります。
段上に上がれるのは私とゼロスとクロードとメルディナだけ。私はお辞儀したままの夫人や令嬢を見渡します。
「みな、顔をあげなさい」
対面を許可するとお辞儀していた夫人や令嬢がゆっくりと顔をあげます。
私は一人ひとりをゆっくりと見つめ、ゆるりと微笑みかけました。
「みなに会えるのを楽しみにしていました。この中には何度かお会いしたことがある方もいますね。四大公爵夫人会議の時以来でしょうか」
そう言って知っている方々を順に見つめます。遠い場所に立っている方々にも気を配るように顔を向けます。
すると目が合った夫人や令嬢はパッと顔を輝かせて嬉しそうにお辞儀をしてくれます。
「初めてお会いする方々もいますね。今日は会えて嬉しく思います」
そう言って次は初対面の方々を順に見つめて優しく微笑みかけました。
そうすると夫人や令嬢は感激した様子でお辞儀を返してくれます。中には手を取りあって喜んでくれる若い令嬢もいました。
私は四大公爵夫人会議やお茶会で出会った方々の顔と名前を一人ひとり覚えるように努めています。貧民出身の私は貴族社会の儀礼作法や暗黙のルールに疎いので、せめて失礼のないように。
「今日のお茶会を楽しみにしていました。みな、今日は無礼講ですから存分に楽しんでください」
お茶会の開会を告げると夫人や令嬢たちからワッと歓声があがりました。
サロンには楽団の優雅な演奏が流れて、花々が咲いたような華やかな雰囲気に包まれます。
そして私はというと、直接挨拶をしたいと希望してくれる方々の挨拶を受けていました。
先ほどからひっきりなしに夫人や令嬢が段上の前に来て挨拶してくれます。
「王妃様、お会いできて光栄です」
「こんにちは、前回の四大公爵夫人会議以来ですね。元気でいましたか?」
「勿体ない御言葉ですっ。わたくしを覚えていてくださったんですねっ……!」
「もちろんです。夫人会議のお茶会では楽しいお話しを聞かせてくれましたね。よく覚えていますよ」
「ああ王妃さまっ……。ぅっ……」
夫人が感激して涙ぐんでしまいました。
私は優しく目を細めて見つめていましたが、そんな夫人にゼロスがびっくりします。
「ねえねえ、どうしてないちゃったの?」
「ふふふ、大丈夫です。それより次はゼロスの番ですよ?」
「あ、そうだ! こんにちは、めいおうのゼロスです! よろしくおねがいします!」
「ああっ、冥王さまが直接御言葉をっ……!」
夫人は感極まってますます涙ぐんでしまう。
こうして夫人は深々とお辞儀して挨拶を終えると、「お会いできて光栄でした。ありがとうございました」と立ち去っていきました。
「ふぅ~。ぼく、さっきもじょうずだったでしょ?」
ゼロスが夫人を見送ると言いました。
どこか誇らしげな顔をしているゼロスに笑ってしまいます。
「はい、とっても上手でした。ゼロスはご挨拶ができてえらいですね」
「うん。こんにちはっていうの」
「ふふふ、その通りです」
お茶会が始まってから私に挨拶にきてくれた方々にゼロスも上手に挨拶をしてくれていました。先ほどの夫人で七人目、ゼロスは頑張ってくれています。
そんな私たちのやり取りに膝抱っこしていたクロードが声を上げます。
「あぶっ、あーあー!」
まるでアピールしているようなそれに目を細めます。
お茶会が始まってからクロードも私の膝でハンカチを広げたり丸めたりコネコネしたり……。静かにしてくれていたのです。
「はい、分かっていますよ。クロードも頑張っていますね」
「あいっ」
誇らしげなクロードにいい子いい子と頭を撫でてあげました。
でも二人はそろそろ限界でしょうか。
「ゼロス、そろそろ疲れませんでしたか? 休んできてもいいですよ?」
「えっ」
「ほらあそこのテーブル、美味しそうなケーキがありますね。お腹空いたんじゃないですか?」
「わああ~っ、おいしそう!」
「行ってきていいですよ」
「ぼくがごあいさつ、がんばってたから?」
「はい、たくさん頑張るとたくさんお腹が空きますからね」
「わかった! ぼく、がんばったもんね! おやすみするね!」
「いってらっしゃい」
「いってきまーす!」
ゼロスは上機嫌で段上から降りていきました。
サロンを自由に動き回るゼロスに夫人や令嬢は沸き立ちます。私からすればゼロスは普通の三歳児ですが、まぎれもなく四界の王の一人・冥王なのです。冥王が令嬢たちの近くを歩くたびに黄色い歓声があがっていました。
「にー。あうー……」
残されたクロードがそわそわし始めました。ハンカチをぎゅっと握りしめてゼロスを目で追いかけています。
「あぶっ。にー、あーあー。にー」
クロードがゼロスを指差しながら私になにやらおしゃべり。『あにうえあっち』『あにうえあっち』と訴えているようですね。
しかも今にも私の膝から飛び出してゼロスを追いかけていきそうです。
「クロードも行きたいんですか?」
「あいっ」
「ふふふ、ではゼロスにお願いしましょうか。ゼロスを呼んでください」
女官に頼むとゼロスが「なあに~?」とすぐに私のところに戻ってきてくれました。
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