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番外編②・魔王一家視察旅行【西都編】9
「進め!!」
ハウストの号令が響きました。
隊列がゆっくりと進みだし、乗車している馬車の車輪が回りだします。
カラカラと鳴る車輪の音と騎馬隊が進む蹄の音。
心地よい揺れを感じながら、馬車を先導するように前を進むハウストとイスラの後ろ姿を見つめます。
二人の堂々とした騎乗姿。
「ああ、ステキですね……」
見ているだけでうっとりしてしまう。
無意識に頬が緩んでしまって……、ああいけません。今からパレードなのに見とれている場合ではありません。
しかも、じーっ。
……感じます。視線を感じます。
「ぼくもおうまにのれるんだけど。ステキなんだけど」
ゼロスが小さな唇を尖らせて言いました。
今すぐ馬車から飛びだしてしまいそうなゼロスに慌てます。
「もちろん分かっていますよっ。でも今はゼロスの上手なご挨拶が見たいです!」
「みんな、ぼくにあいたいっておもってるかなあ」
「思ってますよ!」
「みんな、ぼくのことすきかなあ」
「大好きですよ!」
「かわいいって思ってるのかなあ」
「もちろんですっ。とっても可愛いと思っていますよ!」
「ぼく、かっこいいんだけどなあ」
「……そ、そうでしたか。かっこいいとも思ってますよ」
なるほど、そういう路線ですね。間違えると面倒そうなので気を付けなければ。
でもそれはゼロスだけではないようですね。
抱っこしているクロードが私の腕をバンバンします。
「あうあー、あー!」
「……クロードまでなんですか」
「ばぶぶっ、あうー!」
「…………生意気ですね」
自分もガマンしたと言いたげですが、あなたは最初から木馬しか乗れないじゃないですか。
私は隣のゼロスと抱っこしているクロードに改めて話しかけます。
「いいですか、二人とも。城門を出たら沿道にはたくさんの人がいますから、しっかりご挨拶してくださいね」
「できる!」
「あいっ」
「よいお返事です」
二人の頭をいい子いい子と撫でてあげました。
騎馬隊は広い敷地を進んでようやく城門を潜ります。
城門を出た瞬間、ワッと大歓声に迎えられました。
西都の大通りにはたくさんの民衆が集まって、私たちが出てくるのを待っていてくれたのです。
「きゃあああああああ!!」
「きゃあああ! 魔王様~~!!」
「やーーんッ、勇者様だわっ! かっこいい!!」
「馬車にいるのは王妃様と冥王様よっ。あの赤ちゃんはクロード様ね、かわいい~!」
「魔王様! 王妃様~!!」
「きゃあああああああ!!」
響く大歓声に恐縮してしまいます。
でも今は沿道の観衆に背筋を伸ばして手を振って応えました。
こういう時は視線を下げてはいけないのです。しっかり顔をあげて応える時。
それに今日の馬車はオープン型なので全方角から見られているのです。威厳を守るために気を抜くことはできません。
「こんにちは~! めいおうのゼロスです! よろしくおねがいします!」
ゼロスが馬車から元気に手を振っています。
「かわいい~!」という歓声には「かっこいいんだけどなあ」と困った顔をしてみせますが、それでも照れ臭そうにニヤニヤ……、じゃなくてニコニコしています。とっても上手にご挨拶できていますね。
そしてクロードはというと……。
「あうあー……、あー、ばぶぶ……」
少し強張った顔でなにやらおしゃべり。
覗き込むと赤ちゃんの丸いほっぺが赤らんでいるので緊張しているのでしょう。きょろきょろしながら私の衣装をぎゅっと握りしめているので間違いないです。
大観衆なのでびっくりしてしまったのですね。もちろん観衆の前に出ることは初めてではありませんが、赤ちゃんですから仕方ないですね。
「クロード、大丈夫ですよ。あなたのお顔をみなさんによく見せてあげてください」
そう言って少し高い位置で抱っこしてあげました。
すると観衆の声がさらに大きくなります。
次代の魔王の姿に観衆の熱気が高まって、私はその熱量に胸がいっぱいになる。
クロードはいずれ魔界の王になる赤ちゃんです。この歓声という祝福に込められているのは未来への思い。
今のクロードはびっくりして目を丸めるばかりだけれど、いつかこの歓声を受け止められる王にならなければいけません。
「クロード、この歓声を忘れてはいけませんよ?」
「あう?」
「ふふふ、まだちょっと難しかったですね。今はまだいいですよ」
首を傾げるクロードに笑いかけました。
今はまだ分からなくても、いずれ理解する時がくるでしょう。
こうして騎馬隊の隊列は西都の大通りをゆっくり進み、都を出て街道へ。
街道の沿道にも近隣の都や町から大勢の魔族が集まってくれていました。
最初はオープン型の馬車は全方位から見られるので緊張していましたが、ようやく慣れてきたような気がします。
だって全方位から見られるということは、私からもよく見えるということ。
顔をあげてゆっくりと見回せば一人ひとりの顔がよく見えるのです。
一人ひとりの顔を見て、目を合わせて、そっと笑いかけて……。すると沿道に集まった方々も私にお辞儀してしっかりと見つめ返してくれるのです。それは私にとって光栄なことでした。
こうして街道をしばらく進み、大瀑布がある山の麓に到着しました。
馬や馬車での移動はここまでです。
ここから先は大瀑布まで山道を徒歩で進みます。
馬車から降りると、馬から降りたハウストとイスラが待っていました。
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