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番外編②・魔王一家視察旅行【西都編】12
「ゼロス、なんでも話してください。我慢しなくていいですからね?」
「……がまん、しなくていいの?」
「もちろんです。場合によってはハウストにも相談しますから、思っていることを話してください」
「わかった。……ぼくね、ブレイラにもっとだっこしてほしいの」
「抱っこですか」
「うん、だっこ」
胸がきゅんっとしました。
なんていじらしい希望なんでしょうね。
「ごめんなさい。抱っこが足りなかったんですね」
「ううん、そうじゃないの」
「え、そうじゃないんですか?」
「うん、そうじゃなくて、ブレイラはクロードのだっこがおおすぎるとおもうの」
「え、でもクロードは赤ちゃんですし」
「そうだけど、ぼくがクロードをおんぶしたら、ブレイラはぼくをだっこできるんじゃないかなあ」
「そ、そうですかね……」
「うん、そうだとおもう。あとね、おへやのおかたづけのことなんだけど、ぼく、おかたづけがんばってるとおもうんだけどなあ」
「……そうですか? 世話役のマアヤからはゼロスが『あとで』や『こんど』と言うばかりで、なかなか片付けないと聞いてるんですが」
「そうかもしれないけど、あとでちゃんとするし、こんどちゃんとするし、もうちょっとまっててくれてもいいとおもうんだけどなあ」
…………。
………………。
なんでも話してくださいと言いましたが、これは、これは私へのダメだし!
「あと、ちちうえのことなんだけど」
「えっ、ハウスト?」
「うん、ちちうえ。ちちうえにもそうだんするっていってたから」
今度はハウストがターゲットになるようですね。
ゼロスのダメだしは続きます。
「ちちうえは、もうちょっとぼくをおうえんしてもいいとおもうの」
「応援、ですか?」
「うん。ぼくがたたかってるとき、ちちうえはいつもこうしてこうして、こわいおかおしてるでしょ?」
ゼロスはそう言うと腕を組んでムムッと厳しい顔。私の腕の中でちっちゃな仁王立ちです。
どうやら父上の真似をしているようですね。たしかにイスラやゼロスの戦闘を見守るハウストはこんな感じです。厳しい面差しでじっと見ているのです。
しかしゼロスはこれに不満があるようで……。
「ぼくね、それダメだとおもうの」
「え、ダメなんですか?」
「ダメ。ぜんぜんダメ。ちちうえはぼくをおうえんしてるんでしょ? それなら『ゼロス、がんばれー』とか『ゼロスがいちばんつよいぞー』とか『ゼロスはかっこいいぞー』って、てをふっておうえんしなきゃダメだとおもうの。おうえんなんだから」
「……ダメですか?」
「うん。こわいかおしてちゃダメ。ぼく、びっくりしちゃうでしょ? やさしいおかおしてて。そしたらぼくも『がんばるよー!』ってたくさんつよくなるとおもうの」
「な、なるほど……」
要するに、怖い顔で見てないでゼロスがもっとやる気が出るような応援をしろということですね。
しかし、手を振って『がんばれー』と応援する魔王ハウスト……。
まるで息子の参観日に出席する保護者じゃないですか。個人的には見てみたい気もしますが、ハウストには守らねばならない魔王の威厳というものがあるわけで。
「……ちょっと厳しいんじゃないですか?」
「そうかなあ。だいじなことだとおもうんだけどなあ」
「だいじなこと……」
「だいじ。あと、あにうえにもそうだんしてほしいんだけど」
「え、イスラにもあるんですか?」
「ある」
イスラにもあるんですね。
とても仲良し兄弟に見えるのですがゼロスには密かに不満があったようです。
「あにうえは、ぼくをもうちょっとほめてくれてもいいんじゃないかなあ」
「褒める、ですか?」
「うん。ぼくとってもがんばってるし、とっくんもいっしょうけんめいしてるでしょ? だからじょうずにできたら、あにうえは『ゼロス、よくやったぞ』ってたかいたかいしてぐるぐるしてもいいとおもうんだけど」
要するに、上手に出来たらたかいたかいしてぐるぐるして欲しいようです。
さすが甘えん坊ゼロス。寂しいのは無いようですが、今よりもっと甘えたいようです。
「ブレイラ、あにうえにそうだんしといてくれる?」
ゼロスがおずおずと見上げてきました。
三歳児にとっては真剣な悩みなんですね。
「分かりました。イスラに相談しておきましょう」
「ありがとう、おねがいね! あとクロードにはもうひとりでねなさいっていっといて」
「ふふふ、それはさすがにまだ許してあげてください。まだ赤ちゃんですから」
こうしてゼロスは悩み相談をして満足そうです。
まさかもっと甘えたくて悩んでいるとは思いませんでしたが、三歳児にとっては重大な悩みですね。
「さあ、そろそろ戻りましょうか」
「ええっ、ここたのしいからもっといたいのに~。もうちょっといようよ!」
「え、もうちょっと……?」
「もうちょっとだけ!」
「ぅ……っ」
ゼロスの無邪気なおねだり。
叶えてあげたいけれど、……くらり。遥か眼下の滝つぼに眩暈がしました。
見ているだけで眩暈がして、もうこれ以上は限界ですっ。
私は周囲を見回して、はたっとハウストと目が合いました。
広場にはクロードを抱っこしたハウストとイスラ。二人がこちらを見ていたのです。
思わず笑顔になると、気付いたハウストが遠目にも顔を顰めたのが分かりました。嫌な予感がしたんでしょうね、はい正解です。
「ゼロス、次はハウストとイスラもここに連れてきてあげてください。二人もここが好きなんですよ」
「そうなの?」
「はい、イスラが小さい頃ここに来ていましたから」
嘘じゃありません。ほんとうです。
好きかどうかは知りませんが、前回ハウストとイスラは二人で崖っぷちにいました。あの時の二人がなにを話していたか知りませんが、長い時間ここにいたので嫌いではないと思うのですよ。
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