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番外編②・魔王一家視察旅行【西都編】14

「……イスラ」 「なんだ……」 「最近どうだ」 「え、最近……?」  イスラはギョッとした。  いったいなんなんだ、あまりにも突然すぎる。  イスラは困惑したが、どう考えてもハウストも困惑しているようだ。しかもそれでも父上らしいことを言ってみようと頑張っているのかもしれない。 「人間界でも上手くいってるのか」 「えっと、まあそれなりに……。一応勇者だし……」 「そうだな」 「…………」 「…………」  またしても沈黙。  だが今回の沈黙もハウストが打開しようと頑張るようだ。 「う、海もいいが山も悪くないよな」 「なんでその質問なんだッ」  思わずイスラは突っ込んでいた。  イスラは気付く。ハウストは困惑というより混乱だ。  イスラは助けを求めるように広場のブレイラを振り返ったが。……ダメだと諦める。目が合ったブレイラが「仲良しですね~」と微笑んで手を振ってくれたからだ。そうされたらイスラは手を振り返すしかない。  そんなイスラとブレイラのいつもの様子にハウストの緊張が解ける。今度は感心した顔になった。 「お前、そういうところは子どもの頃から変わらないな」 「なにが言いたい」  イスラは目を据わらせた。  ブレイラのことに関してはハウストにだけは言われたくないのだ。  しかしハウストは感心したまま、でも少し肩の力を抜いて口を開く。 「変な話しだが、お前とのこういう時間は妙に緊張する」  ハウストはイスラを見下ろし、眩しいものを見るように目を細めた。  そして苦笑して言葉を続ける。 「お前が俺にとって初めての子どもだからかもしれないな。お前は俺の子どもになってくれた」 「…………。……まあ、ブレイラが結婚したし」  イスラはそう答えるのがやっとだった。  今までになく気恥ずかしくなったのだ。 「お前は最初からいたからな」 「そうだったな……」 『最初から』その意味にイスラも頷いた。  勇者イスラは魔王の第一子で三兄弟の長男である。しかし二人の弟と違うところがあった。それは最初からいたこと。  イスラはハウストとブレイラが結婚する前からブレイラの子どもだ。ブレイラと二人きりの親子だった。どこへ行くにも二人で手を繋ぎ、幼いながらもイスラはずっとブレイラを守ってきたのだ。  そしてまたブレイラもイスラを守ってくれた。ブレイラは魔力無しの非力な人間でありながら勇者イスラを無条件に守ってくれた。大切に育ててくれた。  幼かった自分を抱っこしてくれたブレイラの温もり。見上げるとブレイラの凛とした横顔が見えて、イスラはそれが好きだ。じっと見ているとイスラの視線に気付いたブレイラは振り返り、ふわりと優しくほほ笑んでくれる。イスラを眩しそうに見つめるブレイラの眼差しは甘く輝いて、イスラはもっと好きになるのだ。  そんなブレイラの笑顔を守りたくてイスラはずっと戦ってきたのだ。それは時に剣を握ることもあり、その剣はハウストに向けることもあったくらいである。  そう、今でこそ三兄弟の父親として落ち着いたハウストだが、ここにいたるまでに多くの苦難があったのだ。  ハウストとイスラは懐かしい気持ちになっていたが、そうと知らないゼロスとクロードがのん気な会話をしている。 「クロード、『お~』じゃないの。ヤッホーっていうの。いってみて?」 「おー」 「だからそうじゃなくて、ヤッホー」 「おー」 「もう、クロードはあかちゃんなんだからあ」  無邪気な子どもの会話。  無邪気すぎてハウストとイスラは複雑な気分になる。 『ハウストはダメなやつだ』『おまえなんかいなくなれ』  これはかつて幼いイスラが剣を握ってハウストと対峙した時に言い放った言葉だが、ゼロスとクロードには想像もできないことだろう。  そもそも二人は生まれた時からハウストが父親なので、そのハウストに向かって剣を向けるなどあり得ないことだ。  ハウストとイスラはなんとなくゼロスとクロードを眺めていたが、ふとゼロスが二人を見上げた。 「ねえねえ。ちちうえとあにうえは、ここにきたことあるんでしょ?」 「ああ、イスラと来るのは二度目だ」  ハウストが答えた。  するとゼロスはクロードと顔を見合わせてから満面の笑顔を浮かべる。 「それじゃあ、きょうはぼくとクロードもいっしょでうれしい? ねえ、うれしい?」 「ばぶぶっ、あーあー!」  自分たちもここにいるぞと主張する次男ゼロスと末っ子クロード。  そんな二人の様子にハウストとイスラは顔を見合わせ、次にはふっと表情が綻んだ。  ハウストはニヤリと笑ってゼロスの頭にぽんっと手を置く。 「ああ、悪くないぞ」 「えへへ。わるくない~」 「あうあ~」  はしゃぐゼロスとパチパチするクロード。  かつてはハウストとイスラの二人でこの場所に立っていたが、今はそこにゼロスとクロードが加わった。  それはハウストとイスラにとって悪くないものだったのだ。 ◆◆◆◆◆◆  崖っぷちにいたハウストと子ども達が広場に戻ってきました。  私はメルディナとともに四人を出迎えます。 「おかえりなさい。楽しそうでしたね」 「ただいま~! ぼくとクロード、いっぱいヤッホーってしてきた!」 「あいあ~、あ~」 「ここまで聞こえていましたよ。ゼロスもクロードも上手でした」 「まあね! ぼくのこえ、とってもおっきいの!」 「あいっ。あぶぶっ」  ゼロスとクロードが誇らしげに答えてくれました。  そんな二人に笑いかけて、次にハウストとイスラを見ました。 「二人とも久しぶりの大瀑布はどうでしたか?」 「悪くなかったぞ」 「ああ、悪くなかった」 「ふふふ、それは良かったです」  二人の『悪くなかった』は『良かった』という意味です。  ここは二人にとっても懐かしい場所ですからね。

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