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番外編②・魔王一家視察旅行【西都編】16

「クロード、露店を覗きに行きましょうか。ここは大瀑布だけじゃなくて鉱石も有名なんですよ。きっと美しい装飾品を見ることができます」 「あいあ~、あ~」 「ふふふ、楽しみですね」  そう言ってクロードを抱っこして東屋から出ました。  でもふと一人の男がこちらに向かって走ってきます。  村人らしき男は焦った様子ですが、護衛の兵士と女官によって制止されました。 「無礼者っ。これ以上近づくことは許されない!」 「お、お許しくださいっ。私は近くの村に住んでいる木こりでございます!」  男はそう言うと地面に膝をついて頭を下げました。  怯えながらも焦った様子で必死に訴えます。 「大変無礼だと分かっていましたが、急ぎ知らせなければならないことがあって参りました!」 「急ぎの知らせ? なにかあったんですか?」  私が思わず反応すると女官たちが焦りだします。こういった場所で一般魔族が王妃に直接言葉をかけることは許されていないのです。女官を通すのが決まりでした。 「王妃様、いけません。お下がりください」 「ごめんなさい。分かっていますが、その方はとても急いでいる様子です。それにせっかく目の前にいるんですから」  私が宥めるように言うと女官たちが渋々ながらも下がってくれました。でも男が必要以上に接近しないように間に立ってくれます。  許してくれた女官に感謝し、私は改めて男に声を掛けます。 「急ぎの用とはなんでしょうか。なにかありましたか?」 「実は昨夜山頂で大雨が降りまして、上流にかかっている吊り橋が崩落しました。その為、今も山頂に人が取り残されているんですっ」 「それは大変です。すぐに救助を手配しましょう」  昨夜大雨が降ったことは聞いています。  今も山頂で救助を待っている人がいるなら急がねばなりません。 「すぐに西都の救助隊に要請を。取り残されている方々の救助を急いでください」 「畏まりました」  命令を受けた女官たちがすぐに動いてくれます。  この緊急事態に広場がにわかに騒がしくなる。きっとすぐに救助隊が向かってくれることでしょう。  もう大丈夫ですよと男を振り返りましたが、……え?  男が……近いような。救助要請をだしている女官の隙をついて、さり気なく私に接近している……?  私は違和感を覚えて身を引きましたが、男がさらに近づいて。 「王妃様、右手に見える露店をご覧ください」  ふいに私にしか聞こえない小声で囁かれました。  はっとして露店を見ると、露店にいた中年の女性に違和感を覚えました。女性のすぐ後ろには若い男がニヤついた顔で立っている。女性は強張った顔で青褪めていました。それはまるで脅されているかのように。 「どういうことです、あの女性の身になにが起きているのですっ……」 「見ての通りですよ。あの女の命は王妃様次第です。王妃様が騒がずに我々に従ってくれれば露店の女の命はお約束します」 「そういう事ですか……。……ならば橋が崩落して取り残されている方がいるというのは?」 「嘘に決まってるだろ」  男が嘲るように答えました。  騙されたことは腹立たしいですが、実際に救助を求めている方がいないことに安堵します。 「騒がずに俺の言うことに従ってもらおう。不審な動きをすればすぐにあの女を殺す」 「分かりました」  私は小さく頷いて、露店の女性に顔を向けました。  目が合った女性は青褪めて今にも泣きだしてしまいそう。  可哀想に、とても怯えてしまっているのですね。大丈夫ですよと伝えるように微笑みかけると、女性は少しだけ強張りを解いてくれました。 「さすが王妃様、いい判断です」  男はニヤリと笑うと、また無力な村人の演技を始めました。私を護衛する兵士や女官を欺くつもりなのです。 「王妃様、ここも増水の影響を受けるかもしれませんっ。危険ですのでこちらへ!」 「控えなさい! 王妃様の身を勝手に誘導するなど厳罰に値する!」  女官が男を私から引き離そうとしてくれました。  このまま男を女官に引き渡してしまいたいけれど、視界の端に映る露店の女性の顔が悲壮に歪んでいる。背中に短剣が押し付けられているのかもしれません。  ……覚悟を決めねばなりませんね。 「……ここが危険ならば避難した方がいいでしょう。案内を受けます」 「しかし……」 「私は大丈夫です。急な移動にあなた方は準備もあるでしょうから、私は先に行っていますね」  私はそう言って女官を見つめました。  この女官は私に一年前から仕えてくれている女官。ならば。 「私は先に行きます。あとのことはお願いします」  そう言って女官をじっと見つめます。  すると女官は察してくれたようで、表情を引き締めてお辞儀してくれました。 「畏まりました。あとはお任せください」  良かった。通じたようですね。  私にはたくさんの側近女官がいます。中でもコレットは私が王妃になる前から側近として支えてくれていますが、今は出世して女官たちの総取締りの役目にありました。一位の女官となったコレットは内政任務が増えて私を構ってくれる時間が減ってしまいましたが、今でも私を傍らで支えてくれています。  この女官が私の密かな異変に気付けたのはコレットと情報を共有しているから。自分が不在の時でも側近女官たちが私の意を汲めるように常に指導を怠らないのです。  ハウストがコレットを私の一番の側近女官に指名した理由が分かります。 「はい、よろしくお願いしますね」  私は微笑んで頷くと、村人に扮する男に案内されて広場から離れます。  女官や兵士たちが深々とお辞儀して見送ってくれます。  こうして今は誰も異変に気づいていない振りをしていますが、水面下では精鋭部隊が動いてくれているようでした。男たちが捕縛されるのは時間の問題でしょう。 「あうあ~、あ~」  ふと抱っこしているクロードが声をあげます。  見ると少し不安そうな顔できょろきょろしています。赤ちゃんなので事態を分かっていませんが、それでも違和感を覚えているのかもしれません。 「クロード、大丈夫ですよ。あなただけは何があっても守ります」 「あい」  ぎゅっと私にしがみつくクロード。  私は不安を慰めるように撫でてあげます。クロードだけは守らなくてはなりません。  私は前を歩く男を見据えました。 「あなた方の目的はいったいなんですか?」 「決まってる、この魔界から人間界に逃亡するんだよ」 「え、どういうことですっ」 「俺たちは指名手配中の強盗団だ。このまま魔界にいたら捕まっちまうからな」 「そういうことですか。その為に私を……」 「ああ、そういうことだ。だから俺たちが無事に人間界に逃亡できるまで大人しくしてろ。そうすれば無事に帰してやる。王妃はこれ以上ない人質だからな」 「…………」  強盗団は私を人質にして魔界から逃亡を図ろうというのですね。  現在、世界を区切る結界を越えるには特別に発行される通行書が必要でした。それは一般人では強力な結界を突破することは不可能だからです。しかし通行書があれば公認の転移魔法陣を利用して一般人でも結界を越えることが許されています。  現在、一般魔族は協定を結んだ精霊界と人間界の友好的な国々にのみ通行書があれば行き来できるようになっていました。  この盗賊団は魔界と非友好国に入国することが目的。そうすれば捕縛される可能性が低くなり、逃亡成功というわけなんですね。 「無謀だとは思わないんですか? すぐに捕まりますよ」 「ああ、たしかに無謀だ。だが俺たちだって勝算がないわけじゃない」  男はそう言ってニヤリと笑う。  そして目的の場所に到着すると、私を振り返って白々しいほど大仰にお辞儀します。 「さあ王妃様、俺たちのアジトへようこそ」  そう言って男が指した場所、それは閉鎖された古い坑道。  そう、山の地下深くに縦横無尽に掘られた坑道でした。

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