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番外編②・魔王一家視察旅行【西都編】18
「まるで洞窟の中のようにひんやりしていますね」
私は初めて入った坑道内部をぐるりと見回しました。
岩肌がむき出しで薄暗く、陽の光が一切届いていません。蝋燭の明かりだけが頼りです。
ここは坑道の奥にある個室のような空間。しかも私を閉じ込める為に改造したのかもしれませんね、ご丁寧にも鉄格子が嵌められていました。
盗賊団のアジトに連れてこられた私は入り組んだ坑道内部を歩かされ、この場所に閉じ込められているのです。
「クロード、大丈夫ですか?」
「あい~、あぶぶっ」
隣にちょこんと座っているクロードが声をあげました。
強盗団がいる時は強張った顔をしていましたが、閉じ込められて二人きりになってからは抱っこから降りました。強気なクロードです。
でも隣に正座している私の膝にクロードが手を置いている。そうですよね、不安ですよね。
私は膝に置かれたクロードの小さな手をそっと両手で包みました。
するとクロードは私を見上げて「あうあ~、あ~」となにやらおしゃべり。
「手を繋いでいましょうね」
「あい」
「抱っこもあるんですが、いかがですか?」
「……あい」
少し考えて私に掴まり立ちすると膝に座ってきました。やっぱり今は抱っこの方がいいようです。
私はいい子いい子と撫でて、クロードのリュックから赤ちゃん用のお菓子を取りだしました。
「これどうぞ。ゼロスがあなたのリュックに入れておいてくれたんですよ」
「ばぶぶっ。にー、あーあー!」
「そうです、あなたの兄上からです。良かったですね?」
「あいっ」
クロードは頷くと赤ちゃんお菓子をもぐもぐします。
ゼロスに感謝ですね。お菓子を食べている時は不安を忘れさせてくれますから。
クロードにお菓子を食べさせてあげながら私は状況を確認しました。
今、この牢獄に見張り役はいません。考えられる理由は二つ、ここは複雑に入り組んだ坑道内部なので外部からの侵入は不可能だと思っているから。そしてもう一つは、魔力無しの人間である私を舐めているからでしょうね。しかも赤ちゃんも一緒なので私が無謀なことは出来ないと思っているのです。
悔しいですがそれに関しては正解です。私の最優先はクロードを守ることなので、無茶な脱出を企むことはできません。
盗賊団の計画は夜が来るのを待ってから、闇夜に紛れて坑道から脱出を図るつもりなのでしょう。もちろん私とクロードを人質にして。
でもね、それは判断ミスというものですよ。
夜を待つ判断をした時点で逃亡失敗です。精鋭部隊は夜までに鉱山全域の制圧を完了させることでしょう。たとえ地図に載っていない脱出口を使おうとしても瞬く間に捕縛されることは目に見えています。
でも……、私は膝抱っこしているクロードを見つめました。
逃亡計画は失敗に終わるとしても、この薄暗い坑道で赤ちゃんのクロードを夜まで我慢させると思うと……。
いくら次代の魔王とはいえクロードはまだ赤ちゃんです。心身ともに負担がかかってしまいます。
その事だけが私の気がかりでした。
「クロード、あなたを巻き込んでしまいましたね」
「あう?」
「赤ちゃんのあなたに我慢させてしまってごめんなさい」
「あうー、あーあー」
クロードがなにやらおしゃべりで返してくれます。
持っていたお菓子の蒸しパンをじっと見つめたかと思うと、あいっと私に差しだしてくれる。可愛い歯型のついた蒸しパン。赤ちゃんの噛み跡は小さくて可愛いですね。
「優しいですね、ありがとうございます。でもそれはあなたが食べてください」
気持ちは嬉しいけれど、今はクロードがたくさん食べてくれている方が大切です。
でもクロードは気に入らなかったようで、「あうあー! あー!」と猛抗議されてしまう。抱っこしている腕をバンバンされてしまいました。
「分かりました。では少しだけいただきますね」
「あいっ」
小さく千切って少しだけいただくとクロードは嬉しそうに手足を弾ませました。
こんないたいけな赤ちゃんを夜まで我慢させてしまうなんて胸が痛い。早くここから出してあげたいです。
私は視線を落としましたが、その時。
――――ピシッ。ピシピシピシ……ッ!
「え?」
突然、牢の岩壁に亀裂が走りました。
そして次の瞬間、ドゴオオッ! 岩壁が粉砕したのです。
「わああっ! って、メルディナ!?」
「ばぶぶっ!?」
そこから現われたのはメルディナでした。
思わぬ人物の登場に驚愕します。
だってメルディナが拳一撃で岩壁を粉砕して登場したのですから。
メルディナはドレスについた砂埃を手で払うと、ここが舞踏会ホールであるかのような優雅なお辞儀をしました。
「王妃様、クロード様、お待たせしましたわ」
「お、お待たせしましたじゃないですよっ。たしかに待ってましたけど、想像してたのとだいぶ違うんですけど!」
思わず言い返すとメルディナが煩そうに顔を顰めます。
「あまり騒がないでくださいませ。盗賊に気付かれるじゃありませんの」
「そうでしたっ」
私は慌てて両手で口を覆いました。
それを見ていたクロードも私を真似て「ばぶっ」と小さな両手で口を覆います。
そんな私たちにメルディナは呆れた顔をしましたが、混乱する私に状況を説明してくれます。
「見ての通り、わたくしが救出に来ましたわ。王妃は魔力無しの非力な人間なのに油断しすぎなのよ。王妃が簡単に攫われるなんて。もっと警戒心を持ってほしいものね」
「っ、……」
言い返したいのに言い返せません。まったくその通りだからです。
悔しさにぎりぎりする私にメルディナはフフンと勝ち誇った顔をしました。
相変わらず生意気なメルディナです。でもここまで救出に来てくれたのもメルディナ。
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