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番外編②・魔王一家視察旅行【西都編】19
「……まあいいでしょう、今回は私が大人になってあげます。でも意外でした。私は救出されるなら夜だと思っていたんです。それにあなたが来てくれるなんて驚きました」
「なにが大人よ……。そうよ、もともと夜まで待って一気に始末をつけるつもりだったわ。でも、わたくしがいるのにわざわざ夜まで待つ理由はありませんの。わたくしは、誰よりもこの坑道の内部構造を知っていますもの」
「そういえばランディとは幼馴染と言ってましたね!」
「そうよ。この坑道は遊び場所にしていたこともあるわ」
「そういうことでしたか。それなら納得です」
合点がいきました。
それなら全域制圧の夜を待たずに坑道に侵入することができます。メルディナが破壊した岩壁の向こうには隠し通路があったのでしょう。
でも良かった。これで夜を待たなくてすむのですね。
ほっと安心した私にメルディナから水筒が差し出されます。
「これ冥王からよ」
「ゼロスからですか?」
「坑道に入る前に渡されたのよ」
そう言ってメルディナがその時のことを教えてくれます。
メルディナが坑道に侵入する前にゼロスに呼び止められたようです。
『メルディナ、まって~。クロードにこれいるとおもうの。もってってあげて』
『何よそれ。遊びに行くわけじゃありませんのよ』
お湯の入った水筒を渡されてメルディナは首を傾げたようですが、でもそれを見ていたハウストとイスラにも頼まれてしまったようです。
『そういえばそろそろ時間だったな。メルディナ、俺からも頼む』とハウスト。
『それはクロードのミルクの湯だ。腹を空かす時間だ』とイスラ。
『……なんで魔王のお兄様と勇者が赤ん坊のミルクの時間を把握してますのよ』
メルディナは若干引いたようですが、ハウスト達は当然のように答えたようです。
『自分の息子のミルクの時間くらい把握してる』
『俺の弟だからな』
『あかちゃんはミルクだいじだからね』
当然のように答えたハウストとイスラとゼロス。
それは私たち家族にとって当たり前の答えですがメルディナをとても驚かせたようですね。だって……見られてます。メルディナにじとりっと見られてます。
「……分かってますの? お兄様は魔王で、あなたの子どもは勇者と冥王ですのよ?」
「た、たしかにいろいろ思う方もいるようですが、ハウストはミルクを作るの上手なんですよ。温度も濃さも完璧なんです」
「え」
「絵本を読むのも上手です。素敵な低音で童話を読まれるともうダメです。聞き入ってしまってなにも手につかなくなるくらいなんですよ」
思い出すだけでうっとりしてしまいます。
でもメルディナは天井を仰いでしまいました……。
「……知りたくありませんでしたわ。王妃とはいえ魔王になにをさせてますのよ」
「なにをって、一緒に子どもを育てているんです。クロードはまだ赤ちゃんですから、イスラもゼロスもよく手伝ってくれます。クロードも二人を『にー』『にー』と呼んで後をついて回っていますよ」
私はメルディナに話しながら、リュックから哺乳瓶を取りだして手早くミルクを用意しました。
「クロード、ミルクです。良かったですね、お腹を空かせてしまうと大変ですから」
「あいっ。ちゅちゅちゅちゅっ」
クロードは哺乳瓶を受け取るとさっそく飲み始めました。
正座している私に凭れかかって、ちゅちゅちゅちゅっ。こうしていると赤ちゃんながら太々しい態度に見えますが可愛い姿です。
そんなクロードをメルディナは少し呆れた顔で見ていました。
「…………いつもそんな感じなの?」
「はい、自分でミルクを上手に飲めるんですよ。自分で寝転がって飲んだり、こうして凭れて飲んだり。あと離乳食もちゃんと食べてくれます」
「離乳食も食べてるのね……」
「はい。自分で上手に食べられなかった時は怒って拗ねてしまうんですが、自分でスプーンを握って食べようとするんですからえらいです」
「ふーん、やるじゃない」
「そう、クロードも頑張ってるんですよ」
不機嫌な時に離乳食を食べさせようとするとベーッしたりブーッしたり大変なこともありますが、それはあえて黙っておきます。クロードもクロードなりに頑張ってますからね。
「……普段はどんな遊びをしてますの?」
「木馬に乗ったり、絵本を見たりしてますよ。感動系の泣ける絵本が好きみたいで、挿絵を見ながらよく涙ぐんでます」
「なによそれ」
メルディナは呆れた口調で言いながらも口元を綻ばせました。おかしそうに小さく笑います。
「あとはイスラやゼロスと同じ場所へ行きたがったり、同じことをしようとしたりしてますね」
「どう考えても無理じゃない」
「ふふふ。イスラとゼロスがよく構ってくれるので、自分も兄上たちと一緒だと思ってるんですよ。ハイハイで一生懸命ついていっています。だから置いていかれるともうプンプンで」
私は城でのクロードの暮らしをメルディナに包み隠さず話しました。
メルディナも言葉が溢れるようで、次から次へと私に聞いてくれます。
それって、この場所だから、私たちしかいないから、誰も聞いていないから、だからですよね。今この場所でメルディナは愛情を隠す必要がないのです。
メルディナにそうだと確認することはしません。そんなことをすれば意地っ張りなメルディナはまた隠そうとしてしまうでしょうから。
だから今だけ。私とメルディナの秘密のおしゃべりです。
この密やかなおしゃべりはまだ続きます。
「西都に来た時から気になってましたけど、そのリュックはどういうことですの?」
「これはクロードのお出かけリュックなんです。ゼロスとお揃いなんですよ」
「冥王と……。王がリュックをおんぶなんて前代未聞ですわよ」
「そうは言いますけど、とっても似合うんですよ。リュックをおんぶした赤ちゃんの後ろ姿はなかなかいいものです。ほら見てください」
「似合わないとは言ってないわ。……どれよ」
私はミルクを飲んでいるクロードの邪魔にならないようにリュックを背負わせて、くるっと背中を向けさせます。クロードはわずらわしそうに小さな眉間に小さな皺を刻みましたが私たちの好きにさせてくれました。
「…………。……悪くないわね」
「そうなんですよ、悪くないんです。リュックを背負ってハイハイする姿もなかなかいいものですよ。一生懸命な感じがして胸にグッとくるんです」
「……わ、分からないでもないわ」
私たちはリュックをおんぶしたクロードの後ろ姿を鑑賞します。
何度見ても良いものですね。悪くないです。
鑑賞しながらうんうんと頷いている私たちにクロードは「あうー……」と困惑していました。
少ししてクロードが空になった哺乳瓶を差しだしてきました。
「ちゅちゅ。……あいっ」
「はい、よく飲めましたね」
「あうあ~。……ケプッ」
大満足の証のゲップ。お腹いっぱいですね。
こうしてクロードがミルクを飲み終えればここから脱出です。でももう少しだけ、もう少しだけここにいる事は出来ないでしょうか。
私は空になった哺乳瓶とリュックを手にします。
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