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番外編②・魔王一家視察旅行【西都編】20

「私はちょっと片付けをするので、あなた達は少し待っててください」 「はあ? 片付けなんて今いりませんわよっ」 「いります。赤ちゃんの道具は大事にしなければいけません」  私は当然のように言い返しましたが、もちろんそれは言い訳。今しなければならない事ではありません。  でもね、メルディナとクロードの時間は今しか許されない必要な時間のはずなのです。 「ああ忙しい忙しい」  私はリュックに哺乳瓶を入れたり出したり入れたり、一つ二つとおむつを数えたり。間違いがあるといけないので何度も数えます。ああ忙しい忙しい。  忙しくしている私の横でメルディナとクロードが対面します。  メルディナは忙しい私に胡散臭そうな顔をしていますが気にしません。私は忙しいのですよ。  そしてクロードはちょこんと座り、きょとんとした顔でメルディナを見ています。でも小さな手は私の衣装を握りしめている。少し緊張しているようですね、私が離れてしまわないようにしているのです。  でもそれは仕方ないことでした。クロードが私の子どもになったのは生後間もない時で、メルディナを知らないのですから。  メルディナとクロードは対面で座ったまま見つめあう。  困惑顔でじーっと見つめるクロードと、少し居心地悪そうに何度も姿勢を変えるメルディナ。  メルディナはこほんっと小さく咳払いすると、いつもの自分を装ったツンとした顔で口を開きます。 「……さ、最近どうですの?」 「あ、あう?」 「王都もいいけど西都も悪くありませんのよ?」 「あうー……」  困っています。クロードがとっても困っています。なにがなんだか分かっていないのです。  ダメです、見てられません。仕方ないのでちょっと助けてあげましょう。 「あの、メルディナ? クロードはまだ赤ちゃんなんですから。ね?」 「だからなんだっていうのよ」 「もっと分かりやすくお願いします。ね?」 「そうね、たしかにそうかもしれませんわ……」 「分かってくれたんですね、えらいですよメルディナ」  納得してくれたメルディナに安心しました。  メルディナは改めてクロードに話しかけます。 「クロード様」 「あいっ」 「いつ力が覚醒するのかしら」 「なんでそれなんですかっ」  思わず突っ込んでしまいました。  でもメルディナは当然のような顔をします。 「そんな事ではありませんわ。勇者と冥王は今のクロードくらいの時にはとっくに覚醒していたじゃない」 「それはそうですが……」 『覚醒』それは四界の王になるための絶対条件でした。  四界の王は規格外の身体機能を持っていますが、無尽蔵の魔力は覚醒によって芽生えるのです。  イスラは誕生して十日で幼児にまで育ち、先代魔王と戦うために鍛えられていました。もちろん覚醒もとても早かったです。  ゼロスもとても早くて赤ちゃんの頃でした。覚醒と同時に冥界が創世したのです。  メルディナの言う通り、たしかにイスラもゼロスも今のクロードくらいの時には覚醒していましたね。だから気持ちは分かりますが……。 「でもクロードはまだ赤ちゃんなわけですし」 「いいえ、必要なことですわ。クロード様はお兄様のような立派な魔王にならなければいけないの。魔界の為、魔族の為、絶対に必要なことよ」 「ええ……」  私は若干引いてしまいます。  だってクロードはまだ赤ちゃん。小さな手に小さな足、丸くてぷにぷにした体。次代の魔王でも今はどこから見ても赤ちゃんなのです。  今だって。 「あう?」  不思議そうな顔でメルディナを見ています。きっとクロードの頭の中は「?」「?」「?」でいっぱいでしょう。  どうしましょう。困ってしまいましたが、……でもなにも言えませんでした。  だってメルディナは真剣なのです。なぜなら魔界の姫であるメルディナはクロードが安泰でいるために何が必要かよく知っています。覚醒もその為の一つなのでしょうね。  それもすべては魔界の為、クロードの為。 「覚醒は大切なことよ。クロード様は大人になったら立派な魔王にならなくてはならないの」 「あうあ~。あ~」 「勇者や冥王の弟ならできるはずよ」 「にー。あぶぶ、あい~」  クロードがパチパチ拍手しました。  勇者と冥王という言葉に反応したようです。兄上たちのこと大好きですからね。 「クロード様、分かってますの?」 「あう?」 「返事は『ハイ』ですわ」 「あいっ」  クロードがこくりと頷きました。  その返事にメルディナは納得したのかうんうん頷いてます。  クロードはきょとんとメルディナを見ていました。  じーっと見ていたかと思うと、くいくいっ、私の衣装がくいくい引っ張られます。 「どうしました?」 「あうあー、あーあー」  メルディナを指差してなにやらおしゃべり。  もちろんなにをおしゃべりしているか分かりませんが、小さな鼻をぴくぴくさせて誇らしげな顔をしています。これはきっと『おぼえた』とアピールしていますね。  この子は絵本を読み聞かせている時も覚えたことがあると挿絵イラストを指差して私に教えてくれますから。 「そうです、メルディナですよ。覚えたんですね」 「あいっ」 「というわけでクロードは覚えたようです」 「…………そんな話ししてないわよ。覚醒の話しはどこにいったの」 「まだ赤ちゃんですから」  私は笑って誤魔化しました。  メルディナの真剣な気持ちも分かりますがクロードはまだ赤ちゃんですからね。  こうしておしゃべりしているとおかしな気持ちになって、私もメルディナもクスクスと笑いました。秘密のおしゃべりはとても楽しいものでしたから。  でもこの楽しい時間もそろそろおしまいです。ここから脱出しなければなりません。

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