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番外編③・神話から半年後、クロードがよちよち歩きできるようになりました。1

 初代四界の王の時代から帰ってきて半年が経過しました。  魔界は平穏な時間が流れて、イスラもゼロスもクロードも日々成長しています。  特にまだ幼いクロードの成長は目に見えるもので、つい最近よちよち歩きが出来るようになりました。  今も広いサロンをつたない足取りで歩き回っています。  今は家族のゆったりした時間を過ごしていますが、クロードはおやつを食べ終わると歩きだしました。歩けるようになったのが嬉しいのでしょうね。 「あいあ~、あいっ、あいっ」  両手を前に出してバランスを取りながら、小さな足で一歩また一歩、とても上手に歩けるようになってきました。  つっつけば転がってしまいそうな不安定さですが、これが歩き始めというもの。きっとすぐに走ったりぴょんぴょん飛び跳ねたり、なんでもできるようになりますよ。 「クロード、こっちだよ~! こっちだよ~!」  パンパンパン。ゼロスが手を叩きます。  離れた場所からクロードを誘導しているのです。でも。 「あうー……」  クルッ。  あ、方向転換しました。 「クロード、こっちだよ~っていってるんだから、こっち! こっちにくるの! もう、クロードは~~」  そう言ってクロードの前に回り込むと、またパンパン手を叩くゼロス。  すかさずクルッと方向転換するクロード。 「コラーッ、クロード~~!!」 「あう~~。ばぶっ」  ぷいっ。クルッ。また方向転換。  どうやらクロードは手を叩いて誘導されることが気に入らないようですね。歩行はおぼつかないのに方向転換はとっても上手。断固拒否の強い意志を感じます。  こうして張り合う二人ですが、なんだかんだ一緒に仲良く遊んでいる二人です。 「クロードはだいぶ上手に歩くようになりましたね」  私は騒がしい二人を眺めながら隣のハウストに話しかけました。  でもハウストは「そうだな」と頷きながらもなぜか複雑な顔でクロードを見ています。 「ハウスト、どうしました?」 「いや、まあ、どうしたものかと思ってな……」  珍しく歯切れが悪いです。  そんな反応されたら気になるじゃないですか。 「クロードになにかありましたか? 教えてほしいです」 「…………怒らないか?」 「怒りませんよ。そんな反応されて話してくれない事のほうが怒ります」 「それもそうだな」  ハウストは頷いて納得しました。  でもやっぱり話し難そうで、少し困ったようにクロードを見ます。そして。 「……あれを鍛えてもいいと思うか?」  視線の先にはもちろんよちよち歩きのクロード。  私は意味が分からずきょとんとしましたが、少ししてハッとする。  そうです。イスラもゼロスも歩行が出来るようになった時から修行を開始したのです。 「え、クロードですか? ちょっと待ってください、ええっ……」  ちょっと待ってください。ほんとにちょっと待って。  たしかにイスラとゼロスは今のクロードくらいの頃には修行を始めていましたが。  ……ちらり。クロードを見ました。  よちよちです。その姿はどこから見てもよちよち歩きの赤ちゃん。 「ハウスト、あの、こういってはなんですが、クロードはイスラやゼロスが赤ちゃんの頃よりも赤ちゃんというか。なにかが違うというか……」 「ああ、まだ覚醒してないんだ」  ハウストが神妙な顔で言いました。  その言葉に私も違和感の正体に気付きます。  そう、イスラもゼロスも今のクロードよりもずっと早くに四界の王として覚醒していたのです。幼い頃から修行をさせることに個人的な抵抗はありましたが、それでもクロードに覚えるような『え、無理なんじゃ……』という気持ちはありませんでした。  そして思いだす。メルディナがクロードの覚醒を期待していたことを。それは神格の王の必須条件なのです。 「…………」  ちょっと考えてしまいます。  クロードはまだ赤ちゃんなので覚醒を急がなくてもいいと私は思っていたのですが、……まさか。ふいによぎった不安。 「……あのハウスト、私も聞きたいことがあるんですが」 「なんだ」 「そもそも覚醒というものは、待っていれば勝手に起こるものなんですか? それともなにか切っ掛けが必要なんですか? ……その、クロードもいずれ覚醒するんですよね?」 「クロードの潜在能力は問題ない。間違いなく神格の王となる素質を持っている。俺と同じ初代の血を引いているからな。ただし、覚醒は確約されたものじゃない。いつ覚醒するかは本人次第だ」 「え?」  覚醒は確約されたものじゃない……。  その意味にじわじわと落ち着かない気持ちになります。 「確約されていないということは……覚醒しない可能性もあるということですか?」 「そういうこともある。そもそもこれをすれば覚醒するということはないんだ。それこそ待っていれば覚醒することもあるし、なんらかの切っ掛けで覚醒することもある」 「そういうことでしたか……」  今までこういった問題を考えたことはありませんでした。  なぜならイスラもゼロスも赤ちゃんの頃に覚醒しました。イスラなど生後十日で修業を開始したくらいなのです。  やはり覚醒というものは必ず出来るものではないのですね。  力の覚醒ができなくても初代魔王デルバートの血筋なので魔王にはなれるのでしょう。血筋によって四界の結界も守られます。歴代魔王の中には覚醒に到らなかった王もいたことでしょう。  しかし王とは力の象徴。クロードを魔王として安泰させるには覚醒は絶対条件だとメルディナが言っていました。 「クロード、大丈夫ですよね……?」 「クロード次第だ」 「クロード次第……」  曖昧すぎます。  でもこれはクロード本人の問題ということなのですね。  私はクロードを見つめました。  さっきまでサロンを歩き回っていましたが、今はラグにちょこんと座ってゼロスに絵本を読んでもらっています。  歩けるようになったけれど、どこから見てもまだ赤ちゃんです。 「…………。……そう、赤ちゃんですよ。まだ赤ちゃんです。先のことは分かりません」  私は自分に言い聞かせるように言いました。  そう、クロードは赤ちゃんです。そもそもイスラとゼロスが早過ぎだったのでは? 「ハウスト、クロードはまだ赤ちゃんです。焦ってはいけません。赤ちゃんに覚醒を望むなんて性急すぎます。それに四界の王の成長速度は世界の安定に関係しているんですよね。ということは、クロードの成長がイスラやゼロスよりゆっくりなのは魔界が安定しているからですよね」 「まあ、そうなるな」 「ならば良いことではないですか」  そう考えると気持ちが落ち着きました。  だって焦ることなどなかったのです。なんだかさっきまで考え込んでいたことが可笑しくなって笑ってしまう。  そんな私にハウストが訝しみました。 「……なんだいきなり、気持ち悪いぞ?」 「気持ち悪いとは失礼な。でも、ふふふ。すみません、不思議なものだと思って」  私はそう言うと一人掛けのチェアで書物を読んでいるイスラを見ました。次に絵本を読んでいるゼロスとクロード。

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