260 / 262
番外編③・神話から半年後、クロードがよちよち歩きできるようになりました。4
「つぎは、ちちうえにしてあげるね」
「絶対やめろ」
「なんでそんなこというの! ぼく、とってもじょうずなのに!」
「いらん」
「いる!」
「いらん」
ゼロスは食い下がりますがハウストは断固として拒否します。さっきクロードを見たばかりですからね。ハウストはなんとしても回避したいのです。
でも髪を結ばせるくらいいいと思うのですが……、なんて目でハウストを見ました。
私の視線に気付いたハウストが面白くなさそうに目を細めます。
「余計なこと言うなよ? 俺とクロードが揃ってそんな妙な髪形になってみろ。魔界の威厳は総崩れだ」
「うーん、たしかに……」
想像して納得しました。
しかも原因は冥王だなんて……。ふふふ、笑い事じゃないのにダメです。やっぱり笑ってしまいそう。
「……おいブレイラ、顔が笑ってるぞ」
「ああいけませんね。笑ってません、私は笑ってませんよ。……ふふ」
気を抜くと口元が緩んでしまいそう。いけませんね。
でもゼロスは諦めきれていないようです。うーんと考えて、パッと顔を輝かせました。
「それじゃあ、ちちうえがぼくにして。ブレイラがあにうえにしてるみたいにして」
「俺がするのか?」
「して。ぼくもして」
そう言いながらゼロスがハウストの膝に座ります。
ハウストは目の前のゼロスの丸い後頭部に目を据わらせました。
「本気か」
「ほんき。ちゃんとしてね、かっこよくしてほしいの」
「なにがかっこよくだ……」
注文をつけるゼロスにハウストはますます目を据わらせました。
ハウストが私に訴えるような目を向けてきます。『これをなんとかしろ』と。
私は小さく笑って緩く首を横に振りました。こうなったゼロスは止まりませんよと。
ならば『お前がしてやれ』と私に訴えてきましたが、これにも首を横に振ります。私はダメです。だって今の私はイスラの髪の担当さんです。
そんな私にハウストは「仕方ない……」と諦めてヘアブラシでゼロスの髪を解き始めました。
「ちちうえ、かゆいところはありませんかってきいて」
「どうして俺が」
「だいじなことだから、ぼくにちゃんときいて」
「なにが大事だ。……かゆいところはないか?」
「ありませ~ん! つぎは、かっこよくしてあげますねっていって」
「…………かっこよくしてやる」
「おねがいします!」
ゼロスが答えながらルンルン鼻歌を歌っています。とっても楽しみなようですね。
じーっと見学しているクロードも「……るー。るー」とつられて歌っているようでした。
ハウストはゼロスの髪を結ぼうとします。といってもゼロスは可愛い短髪なので束にして結ぶことはほぼ不可能。でもなんとか結ぼうと頑張りました。
「…………よし、できたぞ」
「ちちうえ、ありがと~! わああ~っ、どんなかっこよくなったんだろ。どれどれ?」
ゼロスは櫛箱から手鏡を取り出すと、さっそく自分を映して確認しました。が。
「えっ?」
固まるゼロス。
鏡を見つめたまま無言の時間が過ぎます。
そこに映っていたのは、短い前髪をかろうじて一つに括り、リボンをハチマキのように額に巻かれた姿でした。ゼロスの髪は短いのでこれが限界なのです。むしろリボンをちゃんと使ってあげているところにハウストの気遣いが窺えたくらい。
しかし。
「…………」
無言で鏡を見つめるゼロス。
どうやら想像していたのと違っていたようです。
ゼロスは無言で手鏡をテーブルに置くと、ソファの上に立って私のところへ。「ブレイラ、ちょっと。ちょっとこっち」と内緒話をしようと私を呼んできます。
「どうしました?」
イスラの髪を弄りながらゼロスに耳を向ける。するとゼロスは私の耳元に顔を寄せ、ハウストをちらちら見ながらこそこそ小声で話してきます。
「どうしよ。ちちうえ、こういうのじょうずにできないひとみたい」
「え」
「ぼく、やさしくしてあげたほうがいい?」
「ええ……」
「だいじょうぶだよっていってあげたほうがいいかなあ」
「えーと……」
「じょうずにできないんだから、しかたないよね」
「そ、そうですね……、優しい方がいいですが。えーと、うーんと……」
どうしましょう。これは困りました。
ハウストは器用なので髪結いが出来ないわけがないのです。ただゼロスが短髪すぎるだけで……。
でもゼロスはとっても優しい顔でハウストを振り返ります。そして。
「ちちうえ、ありがとう。とってもじょうずだよ。ぼくびっくりしちゃった」
ゼロスがキラキラした眼差しで言いました。
見ていたイスラが「ちっちゃいブレイラだ」と愉快そうに呟いて、……それってどういう意味です。
私は弄っていたイスラの髪を軽く引っ張って抗議しますが、その間もゼロスの優しい顔とキラキラ眼差しは続きます。
「ちちうえはじょうずにできてるよ。だいじょうぶだから、げんきだして? ね?」
どうやらゼロスはハウストが上手に出来なくて落ち込んでいると思っているようですね。
……ああハウストの目が据わっていきます。
ハラハラした思いで見つめていると、ふいにヌッとハウストの腕が伸びて。――――ガシリッ!!
「わあああ~っ、ちちうえなにすんの! あたまはなしてっ、はなして~~!!」
「なにが『げんきだして』だ。自分の髪の短さ分かって言っているのか」
「あああああ~っ、あたまがぎゅっとしちゃう~~!!」
頭をハウストの大きな手に鷲掴みされてゼロスがもがいています。
なんとか引き剥がそうとしていますがハウストの大きな手はびくともしません。
ともだちにシェアしよう!