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第10話「10秒のディープキス」*樹
「10秒だぜ、10秒。加瀬、手ぇ抜くなよ」
そんな風に呼びかける橋本と、更に一層盛り上がる周囲に。
蓮は呆れたように、はあ、とため息をついた。
「……お前らタチ悪いな」
蓮が諦めたように言って、オレの近くに立って。
ふ、と息を付きながら、オレを見下ろした。
「――――……オレとキスすんの嫌だと思うけど。数でも数えてて」
「――――……」
別にキス自体は、嫌じゃない。
蓮のこと、嫌な訳がない。
………でも何で人前で、しかもディープキスなんて。
まだまだ気持ちのまとまらないオレの頬に、蓮が触れた。
一気に場が盛り上がる。女の子達の悲鳴が響く。
「ちゃんと数えとけよ」
ちら、と橋本に視線を投げて。
蓮は、顔を傾けて、一気に近付いてきた。
「……っ……」
皆の歓声の中。
蓮がオレの唇に、自分の唇を重ねて。
そして、すぐに、舌を挿し入れてきた。
「……っ……!!」
蓮、しゃれになんない――――……っ。
言いたい言葉もキスにかき消され、
息も出来ずに、ただ蓮のキスに翻弄される。
「……9! 10!!!」
真っ白だった世界に音が戻って。それとともに解放された呼吸。
そして、異様に盛り上がっている周囲。
思わず唇を手の甲で拭って。オレは真っ赤なカオで蓮を睨んだ。
「……蓮もう…っ! っ……っざけんな…!!」
思わず言ったオレに、蓮はべ、と舌を出した。
「しょうがないだろ、10秒。 ――――……これでいいよな」
騒々しい周囲を見回して蓮が言うと、意味不明な拍手が起こった。
「オレも2度と参加しないから」
蓮が苦笑いしながら言ってるのが聞こえる。
オレはまた、ぐい、と唇を拭った。
もー、ほんと、ふざけんな、
蓮のボケ、蓮の馬鹿、蓮の阿呆、蓮のピーマン……ッ!!!
もう普段あんまり使わないせいか、けなそうと思っても、幼稚な言葉しか、頭に浮かんでこない。
「――――……ッ」
拍手してくる皆を無視しながら、オレは、誰も座っていない端のテーブルに腰かけた。
口の中の、蓮の舌が入ってた感触が、なんか、抜けない。
「~~~~っ……」
置いてあった空きコップに、お茶を入れて、一気飲み。
少し口の中が冷えて、ほっとした瞬間。
「樹?」
すぐ目の前に蓮の整った顔。思わず思い切り、退いてしまう。
「……いま、は……離れてて」
並んでると、無駄にからかわれるし。
それに、蓮に、物申したい事がいっぱいある。
いくらディープキスって言われたからって、あんなにちゃんとしなくたって良かったんじゃないの。もうちょっと軽い感じのにしたって、別に大丈夫だったはずなのに。
睨んだオレに、蓮はそれを何ともないような顔で笑う。
「ごめん。そんな嫌だった?」
言いながら、オレの隣に腰掛ける。
「――――……」
異様に盛り上がったまま、次のゲームに移っている皆をぼんやりと見ながら。
オレは、座席の背もたれに背をぴったりと付けて。
横にいる蓮を眺めた。
ずっとずっと、何度キスしてもあんなキスしてこなかったのに。
こんな場所で、皆の目の前で、罰ゲームみたいな感じで、あんなキス。
……蓮にとって、キスって、全然大した事じゃないのかな。
……ここにいる誰とでも、出来るって、言ってたし……。
……あぁ、よくわかんないけど……。
――――……とにかくもう帰りたい……。
こんなうるさい所じゃ、何も考えられない。
この異様な盛り上がりも、今のよく分からないこの嫌な感情を増幅させる。
と、不意に、蓮がオレの肩をとんとんと叩いた。
「なあ、樹」
「……なに?」
不機嫌そのもので返事をすると、蓮は何を思ったのか、クスッと笑った。
「……抜けようぜ?」
「え」
「今すぐ、一緒に帰ろ」
「……」
……蓮がなにを考えて言ってるんだか、分からないけど。
こういう時。
やっぱり、合ってるのかなと、思う。
あんまり言わなくても、何か、通じる気が、してしまう。
「うん。……帰りたい」
言うと、蓮はふ、と笑った。
「OK。いこ」
蓮に腕を掴まれて立ち上がる。
うるさい周囲に適当に別れを告げて、2人で店を出た。
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