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第11話「贅沢?」*樹

 飲み屋街なので外も騒がしくはあったけれど、室内のこもったざわめきとは違う。 すこし、落ち着いた。  駅に向かって歩こうとした腕を、蓮が優しく引き止めた。 「?」 「樹、さっきのカフェのケーキ、買って帰る?」 「え。あ……うん」 「じゃ行こ」  引かれて、駅とは逆方向に歩き始める。 「――――……樹、怒ってる?」 「……別に。 オレ達二人そろって運が悪かったなー……て感じ」 「……確かにな。 つかさー」 「?」 「逆だったらどーした?」 「逆?」 「オレがお前に、じゃなくて、 お前がオレに、だったら」  悪戯っぽく笑って、蓮がオレを見下ろしてくる。 「できた?」 「――――……オレより背の高い奴に、んなコトできないし」 「……はは、そっか」  楽しそうに笑って。蓮はぐい、と肩を抱いてきた。 「――――……つかさ、樹、そーいうキス、したことあんの?」 「――――……」  またそういう事、普通に聞いてくる。  オレがそういうのすぐ答えないの知ってるだろうに。 「――――……そういえば、樹って、誰かと付き合ってた?」  黙ってると、質問を変えてきた。  こっちは答えられそうなので、仕方ない、答える事にした。 「……うん。2年までは、付き合ってたよ。1年半位かなあ……」 「……誰?」 「絵美。あーと……吉沢絵美。 知ってる?」 「……3年の時同じクラスだった。 へえ。結構派手な子だよね。意外。あ、樹、こっち」  車が商店街に入ってきて、狭い道を通ってこっちに向かってくると、抱かれてた肩を離されて、右に寄せられる。 「……オレ子供じゃないんだけど。」 「いーの。危ないから」  自然とこういう事、するの、優しい証拠だけど。  ……オレにしなくてもいいんじゃないだろうか。  彼女にするなら、喜ばれるんだろうけど。 「吉沢って派手だから、男もそういうの選ぶのかと思った」 「オレも付き合ってて不思議だった。でも、アプローチすごくてさ。最初は押し切られて付き合ってたんだけど……二人で居ると結構可愛いとこもあったから、続いたかなあ……」 「……なんで別れたの?」 「んー……やっぱり、好きなコトが色々違ったから……」 「一年半も付き合って?」 「……一年半、付き合ったからこそ、だよ」 「――――……」 「そんだけ付き合っても、 絵美が好きな、カラオケとかゲーセンとかあんま好きじゃないし、見る映画とかの趣味も全然違うし。合わせて見るんだけど、やっぱりもともとの趣味が違うって致命的というか……」  思わず言いながら、苦笑い。 「……ちゃんと、エッチはしてた?」 「――――……なんてこと真顔で聞くの……」  思わず眉をひそめて、蓮を見つめる。  でも、多分答えないとずっと続くと思うので。  もうこの、よく分からない流れで全部話してしまおうと、思ってしまった。 「絵美ってめっちゃくちゃ積極的な子だったから……流されて、してた」 「……流されて?」 「うん。 オレからってよりは……いつも、向こうから、だった。  普通にしてたけど……オレ、そういう衝動、薄いのかも」 「――――……」 「そういうのもね、不満だったみたい。なんか、もっと求めてくんないとやだって、何度か言われた」 「ふうん……贅沢」 「……え?」 「あ、良かった、店やってた」  カフェに着いて、まだ明かりが付いてる事を確認してから蓮がドアを開けた。それについて中に入りながら。  ……贅沢って、なんだ?  贅沢って言ったんだよね、いま?  頭の中には、?がたくさん踊ってる。 「樹、チョコのと、あとは?」  蓮がカウンターでオレを振り返る。 「せっかくだから食べたいの、いくつか買ってこ」 「…蓮も食べる?」 「ん。樹が好きなの選んで。適当に一緒に食べるから」    言われて、チョコケーキと、チーズケーキと、いちごのショートケーキを選ぶ。 「いいよ、払うから。 さっきの、お詫び」 「お詫び?」  蓮を振り仰ぐと、蓮はクスクス笑いながら、べ、と舌を出して、唇を指さした。 さっきのディープキスの話だと分かって、ぐ、と言葉に詰まる。 「こちらでよろしいですか?」  店員の女の子が、蓮に笑いかけている。  イケメンだ~とか、思ってるんだろうなあ。  蓮と居ると、女子の視線がちらちらと飛んでくる。  まあ。やっぱ、目立つもんね。背はまあ高い方だと思うけど、そこまでずば抜けて高いって訳でもないのに。何でこんなに目立つのかなあ? 不思議。 「お待たせ。 帰ろ、樹」  ケーキを受け取って、蓮がオレのもとに歩いてくる。 「ありがと」  言うと、蓮は、ふ、と笑む。 「オレもちょっと食べるし」  そんな風に言う。  ――――……絵美は、綺麗な子で。  派手な印象はあったけれど、二人で居ると、結構可愛いとこもあって。  流されてしてたとは言ったけど、まあそりゃしたら気持ちはよかったし。  一年半楽しい事もあったけれど。  やっぱり、人って、もともとの相性ってあると思う。  黙ってても疲れないで居られる、とか。  ひとつひとつの言葉が、好きだなー、とか。  そばに居るだけで、なんか、あったかく感じる、とか。  最近、蓮と暮らすようになって、なんだか実感している事。  無理しなくても、いられるって。  ――――……すごく貴重だなって。 「樹、どした?」  駅に向かって歩き出した数歩、すこし蓮の背中を見つめながら歩いていたら、すぐ、蓮が振り返って、そう言った。 「ううん。別に」  数歩足を速めて、蓮の隣に並ぶ。 「ケーキ持つよ。 蓮、食器も持ってるから、ケーキが揺れそう」 「ん。じゃ、はい」  紙袋を受け取って、ありがとう、と蓮に告げると。 「ん?何が?」とのぞき込まれた。 「――――…ケーキ。買いにいこって、言ってくれてありがと」 「……はは。 お前、ほんと、可愛い」  クスクス笑う蓮。  可愛いってなんだ。  そう思っていると。  不意にさっきの会話がよみがえった。 「ね、蓮。 さっきの贅沢って、なに?」 「ん?」 「さっき、贅沢って、言わなかった?」 「ああ――――……言った」 「あれ、なに? どういう意味?」  隣の蓮を見上げると。 ちら、と視線を投げて。 「いや――――……なんとなく……」 「?」 「樹とそーいう事してんのに、もっと求めて、とか。贅沢だなーと」 「――――……は?」  ん?……んんん?  オレが、贅沢なんじゃなくて。  絵美が、贅沢って意味だったの?  ん……?  なんだかよくわからない。  彼女が居て、「流されて」してるなんて贅沢な悩み、て意味なのかと思ったのに。  ……オレとしてるのに、贅沢って。  ――――……オレとしてるのが、贅沢って事?? 「あー……ごめん、なんか、咄嗟に出た言葉だったから」  蓮は、自分でもよく分からないと言って、口元を押さえて、首を傾げている。 「――――……ん、なんか咄嗟にな、そう思っちゃったんだけど……悪い。意味わかんないよな」 「……うん」  なんか、すごく困ってるっぽい蓮を見ていたら。  ぷ、と笑ってしまった。  なんかいつも、余裕で。  いつも、斜め上くらいに居て。  からかわれるのはいつもオレばかりというか。そんな感じなのに。  なんか、ちょっと、今、可愛い。 「つか、笑うな」 「――――……ぷ」  仏頂面になった蓮がさらに可笑しい。  笑っていると頬をつままれ、ぶに、とこねられた。 「だーもう、笑わないから、離して」 「ん」 「痛いから、人のほっぺこねないで」  つままれた頬を手でさすっていると、蓮は、クスクス笑ってる。 「――――……なんかそういえば、絵美にもよく触られたっけ……」 「――――……」 「なんか懐かし。絵美、元気かなあ。最後クラス一緒だったなら、蓮はつながってる?」 「……クラスのグループでつながってるけど…最近あんまりそのグループやりとりないからわかんないな」 「ふうん。そっか。元気だといいな……」  別れる時はそれなりに、色々あったけど。  でも、一年半、可愛いと思って過ごした子。  思い出すと、一生懸命で可愛かった事ばかり浮かんでくる。  ふ、と笑ってると。  急に、くい、と腕を引かれた。  「――――……早く、帰ろ、樹」  急に、真顔で言う蓮に、一瞬戸惑うけれど。  「早く帰る」には賛成。 「うん。早く帰ってケーキたべよ」  蓮を見上げてそう言うと。じ、と見つめられて。   「コーヒー淹れるね」 「あ、うん」 「……カフェオレがいい?」 「うん」 「さっきのカフェオレ、美味しいって言ってたよな。砂糖とか入ってた?」 「うーん……甘かった、かなあ……」 「一口もらえばよかった。味見で」 「え、でも、蓮が入れてくれる方が、好きだよ?」 「……え。そうなの?」  蓮が、眉をあげて、少し首を傾げてくる。オレは、うんうん、と頷いた。 「さっきのはさっきので美味しかったけど。蓮がいつも入れてくれる方が好き」 「――――……そっか」  あ。  機嫌、急に良くなった。  ふふ。  こういうとこ、可愛いなあ、蓮。  ふたりで話しながら帰る道のりは。  やっぱりいつもどおり、穏やかで――――……。  ほんとに心から、楽しいなあ……と、思ってしまった。

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