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第29話「ため息」*蓮

 ぱたん、とドアが閉まって。  ログハウスの中が、しーん、と静かになった。  樹は南と外行ったのか。  ――――……なんか。すこし、避けてる……?  ……て程ではないかな。  ところどころ、すごく可愛い事言ってくるし。  なんだかなー、樹はほんと、急にぽろっと、可愛い事、言うよな。  …………あ。  思い出してしまった。  考えないようにしてたのに。  部屋、別が良いって、言ったのは……何でなんだろ。  何だかな。  ――――……あんまりしつこくそばに居るのも、嫌って事、かな。 「加瀬くんは、どうして料理出来るの?」  ぼー、と考えながら、鍋のトウモロコシを見ていると。  坂井に話しかけられた。 「んー……母親に教え込まれたから」 「いつ頃から?」 「小1とかはもう、手伝わされてたよ」 「わあ、すごいね」 「遊びみたいに始まったから、教え方がうまかったのかも。ずっと楽しいまま料理してきたから」 「いいお母さんだね」 「まあ……そうかな」  坂井が笑顔で言うので、ふ、と笑ってそう答えた。  南と松本は割と話すから、その近くにいつも居るのは知ってたけど、多分ちゃんと話すのは、今日が初めてな気がする。  そういえばさっきも車で隣に座ってたし、今日は割とよく話してるな……。 「加瀬くんて、陸上で有名だったの?」 「有名?」  ちょっと苦笑い。 「……まあ陸上やってる奴の中では、かな」 「陸上の何?」 「短距離」 「すごいね。いいなぁ、足速いのって」 「でも日常生活には特に何も良い事ないけど」  クスクス笑ってそう言うと、坂井はふふ、と笑う。  随分、嬉しそうに笑う子だな。なんて、今日何回か思った事をまた思う。 「もういいかな。あとで焼くし」  ゆでたトウモロコシをザルにあげて、とりあえずカウンターに置く。 「……つか、樹と南、戻ってこないな」 「あ……うん、そうだね」 「まだ切るものあるから樹に切らせようと思ってたんだけど……まあいっか。オレらで切る?」 「うん」 「キャベツ頼める? バーベキュー用のと、あと焼きそば用」 「うん」  坂井がキャベツを切り出す。  その隣で、人参を洗って、焼きそば用に手早く切っていく。 「加瀬くん、すごい手際良い」 「樹と暮らし始めてから、毎日作るようになったから。腕上がってるかも」 「すごいねー」 「でも坂井も普段から料理するだろ。包丁の使い方、ちゃんとしてるし」 「あ。うん、料理は、好きだから」 「いいじゃん。 南にも教えてあげて。さっきかなり手つきやばかったから」  南の手つきを思い起こし、苦笑い。  ――――……樹の手つきも、なんかこわごわだったけど。  ……樹がやってると可愛いと思うオレって、なー……。 「――――……」  全然、樹が戻ってこない。  ――――……まだ終わってないって、分かってるだろうに、何でだろ。 「ちょっと外見てくる」 「うん。ここ、片づけておくね」 「ん、よろしく。すぐ戻るから」  靴を履いてドアを開ける。  ログハウスのすぐ下で、皆が火を見ながら楽しそうに笑っていた。 「そとの準備終わった?」 「おう、火ついたし、テーブルもOK。野菜は?」 「大体切り終わった」  火の所に居て、森田と佐藤に囲まれて笑ってた樹が、くる、と振り返った。 「あ、蓮。野菜おわった?」 「……終わった……ていうか、すぐ、戻ってくんのかと思ったけど」 「あ、ごめん」 「坂井とで終わったから、もういいけど」 「……ごめん」  ちょっと困ったように言う樹。 「終わったならいーじゃん。樹、いじめんなよ。なあ?」  森田がそう言って、樹の頭をくしゃ、と撫でた。  それに、思わず、むか、と心が動いた。 「……いじめてねーよ」 「でも樹、今絶対落ち込んだだろ。かわいそーになー」 「落ち込んでないし。てか、髪ぐちゃぐちゃにすんな」  樹が森田の手を払ってる。 「……森田、ノンアルで酔ってんの?」 「はー? 酔ってないし」 「まだこっち野菜切ってんのに、先にできあがんなっつーの」 「固い事いうなよー。ていうかできあがってねえし」 「そうそう、ちょっと横澤引き止めて遊んでただけだし」  ……森田と山田のコンビ、タチ悪い。 「樹、あとちょっと片付けとか運ぶの、手伝って」  「うん」  絡まれてる腕を振りほどいて、樹がオレのもとに駆け寄る。 「……ごめん、蓮、戻らなくて」  しゅん、として、樹がオレを見上げてくる。 「何で戻らなかったの?」 「え――――っと……あの……」  言い淀む樹。 「……ごめんね」  結局もう一度謝ってきただけ。  少し、嫌な気分。  返事をしないでいると。 「――――……蓮、あの……」  樹が何か言おうとした瞬間。  ログハウスのドアが、中から開いた。 「あ、加瀬くん」 「坂井――――……あ、ごめんな、片付け終わっちゃったか?」 「ちょっとだったし。すぐ終わったよ」 「手際いいな。ありがとな」 「ううん」  にっこり笑って坂井が頷く。 「加瀬くん、横澤くん、運んでもらってもいい? 持ってくるね」 「ああ」  一旦中に入っていく坂井を、ドアを押さえて開けたまま、見送る。 「……樹、何か言おうとしてた?」  樹に視線を向けると、樹は、ううん、と首を振った。  そこに坂井が戻ってきて。  樹に皿を渡したので、樹は先に、皆のもとへと戻ろうと、オレから離れた。 「――――……」  ……なんかオレ、今全部、感じ悪い。  絶対、樹、ちょっと落ち込んでるし。  ……やっぱり、話そう。 「いつ……」  呼び掛けて、樹が咄嗟に振り返った瞬間。 「加瀬くん、これお願い」  出てきた坂井に呼ばれて、仕方なく皿を受け取る。 「ああ……坂井が持ってるので、最後?」 「うん、そう」  皿を持ったまま靴を履いて出てくる坂井の後ろでドアをしめて。  振り返ると、樹はもう、皆のもとに向かって歩き出してしまっていたので、坂井と並んで歩き始める。 「玉ねぎも串にささってて、なんかオシャレ。パプリカも、豪華に見えるね」  楽しそうに笑う坂井に、「そうだな」と返しながら。  樹と過ごすようになって、初めて感じる、  こんな嫌な感情に。小さく、ため息をついた――――……。

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