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第58話「ほんわか」*樹

「なあ、樹」 「ん?」 「――――……旅行、楽しい?」 「うん。楽しい」 「そっか」  蓮がクスッと笑って、そのまま黙る。  言おうかなと少し迷いながら、オレは、蓮を見つめた。  ……蓮は頑なにこっち見ないみたいで、目は合わないけど。 「……オレ、ほんとはさ。ちょっと、憂鬱だった。来る前」 「――――……」  蓮がぴく、と動いて、やっと、オレに顔を向けた。  オレは、ふ、と笑ってしまいながら視線を逸らして、そのまま空を見上げる。 「一人ずつと話したりするのはいいけど、何人も集まって皆でワイワイするのとか……そんなに得意じゃないと思ってるし……」  ……あと。坂井が蓮を好きで協力、 頼まれちゃったし……。  そっちの方は、言えずに黙っていると、蓮はふ、と息をついた。 「――――……ん。まあ。……樹がそう思ってるのは、何となく分かる」  蓮はゆっくりそう言ってから、「じゃあ何で来るって決めたんだ?」と微笑んだ。 「――――……んー……それは……」 「……もしかして、オレの為だったりする?」 「……為っていう訳じゃ……」  ちょっと困って、言葉を濁しながら、縁から降りて、肩までお湯につかる。すると、蓮も一緒に隣につかって、クスッと笑った。 「この方が話しやすい。体、見えなくて」  …………そんな台詞には、何と言っていいのか、よく分からない。 「ごめん、いいよ、続けて」  蓮が苦笑いでそう言うので、ん、と頷いてから、少し言葉を選びながら話し始める。 「……ん、なんか……オレと暮らしてから、蓮、ずっとオレと居る、でしょ」 「まあ。そうだな。居たいから」 「――――……ん。ありがと……って、そうじゃなくて」 「ん」  蓮がクスクス笑って、頷く。 「前も話したけどさ――――……蓮って、皆と騒ぐの好きだったでしょ。多分、そっちの蓮も、絶対居ると思うんだよね」 「……ん」 「……それに、そういう蓮もいいなあってオレ、思うし。だから、来たいって思ったんだよね」 「――――……んー……」  しばらく蓮は、何か考えてて。  それから、ふ、と笑んだ。 「高校生ん時は、確かに皆で騒いでたし、そういう風にするもんだって思ってたかも。まあもともと嫌いではないのかもしんないけど。でも、樹と居るようになってからは、騒がなくても楽しいし、樹と居れればいいとか、思ってたんだけど……別に、最近騒いでないから、騒ぎたいなとかも、思わないし。……んー……あのさ」 「うん」 「樹自身は、来て、どうだった?」 「――――……オレは、思ってたよりずっと、楽しかった」  そう答えると、蓮はにっこり笑って、頷いた。 「そう見える。――――……色んな奴と絡むのも、大勢で騒ぐのも、楽しそう」 「ん。メンバーが良かったのかも、しれないけど」 「んなことないよ、きっと、他の奴とでも、楽しめると思う」 「……うん。蓮も居たからね」 「――――……オレが居なくても、樹は、誰とでも仲良くなれるとは思うんだけど」 「……けど??」 「あんまり仲良くなりすぎると、オレが妬くけど」 「――――……」  ついつい、じー、と蓮を見つめてしまう。  こんなかっこよくて、人気者で、皆が蓮を好きなのに。  ……何、言ってるのかなあ、なんて、不思議に思って見ていると。 「そんな見ンな」  言って、クスクス笑いながら、蓮がオレの視線を手で遮りながら、頭を撫でてから離される。前髪を直しながら……その少し触れられたのが嬉しいなと、すごく思ってしまう。 「……オレ、誰かを、蓮よりも好きになるとか、無い気がする……」 「――――……うわ、なにそれ、樹」  何だかすごく嫌そうな顔をされて、えっと思って、蓮を見つめていると。 「……場所忘れて、キスしそうになるから、やめろよ」  はー、とため息をつきつつ、頭を掻きながら、蓮が反対方向を見ている。  そのセリフにまたちょっと驚いて、それから、ぷっと笑ってしまう。 「蓮こそ。……何、それ」 「……はー。なんかあっつくなってきた。 あいつら来る前に出ようぜ?」 「うん」  二人でお湯から上がって、露天の扉を開いた所で、皆がやってきた。 「あれ、もう出んの?」  森田の声に、蓮が「のぼせそーだから先出てる」と答える。  皆と別れて、シャワーに向かって歩きながら、蓮が笑った。 「なあ、出たらコーヒー牛乳飲も?」 「いーよ。じゃあ、オレ、イチゴがいいー」 「……甘そー……」  苦笑いの蓮に、ふ、と笑ってしまう。  少し温めのシャワーを浴び終えて、並んで出口に向かって歩き始めた時。 「大勢で騒ぐのもさ」  蓮がそう言って、オレを見るので、うん、と頷いて、続く言葉を待っていると。 「……これからは、そっちも、一緒にすればいいよな」 「……ん。そだね」 「まあそれは、たまにでいーけど。オレもう、年取ったから、騒ぐよりゆっくりしてたい」 「また。何それ、年取ったって」  クスクス笑ってしまう。  蓮と話すのは、楽しくて。  ――――……心が、ほんわかするというか。  一緒に居れるような関係になれて、ほんと、良かったと、心から思う。  

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