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第59話「髪を触る」*樹

 服を着て、鏡の前でドライヤーを手に取った。  すると、蓮が周りを見ながら近づいてきて、貸して、と笑う。 「今誰も居ないからさ」 「……うん」  見つめ合って、にこ、と笑い合う。  鏡越しに、ドライヤーをかけてくれる蓮の手をぼんやり見つめる。  いつもはリビングとかソファでかけてくれることが多いから、こんな鏡で、やってくれてる蓮を見る機会って、無い。  いつも触られる感触で分かってはいたけど。   指先で、すごく優しく、さらさら触れてくれてる。 「――――……」  ほんと、大好き、だなあ。オレ。  ――――……蓮のこと。  見た目はすごく派手だけど。  多分、オレが知ってる、誰よりも、落ち着いてて、優しい。  ……って優しすぎる位優しいのは、特にオレに対してかな。  森田とかには結構突っ込んでる気もする。  オレにもたまに面白いか……。  でも、ほんとに優しくて、黙ってても居心地が良くて。  こんなに、和む人、いないんだよね……。  あと。和むとは正反対で、ちょっと不思議ではあるけど。  ――――……こんなに、ドキドキする人も。  皆、もうちょっと出てこないで、ゆっくり入ってて。  露天に行った皆に祈りながら、蓮の手がオレに触れてくれるのを見つめる。鏡ごしで見つめ合うとかは、ものすごく照れくさいので、蓮の顔を見つめる事は出来なかった。  最後、ブラシでとかしながら、セットしてくれて、ドライヤーのスイッチを切った。 「ありがと、蓮」  斜め後ろの蓮を振り返って、そう言うと、蓮はオレを見下ろして、ふ、と笑んだ。 「オレ、樹の髪触るの好きだから。昨日、出来なくて、すげーストレスだったの」 「……そうなの?」  思わず笑ってしまいながら聞くと、そうだよ、と蓮が苦笑い。 「良かった、今日は出来て。今日出来なかったら、すげーイライラして、山田とかに当たってたかも」  冗談めかして笑う蓮に、何それ、と笑ってしまう。 「蓮は? オレかけようか?」  そう言うと、蓮は、浴場の方を見ながら、首を傾げた。 「やってほしいけど……多分あいつら出てきて、うるさそうだから、今日はいいや」 「……じゃ明日、家でやってあげるね」  そう言うと、蓮は、楽しみ、と笑った。 「いつもさ、蓮はささっと自分でかけちゃうこと多いからさ」 「まあオレは、樹に触れるチャンスだから、めちゃくちゃ乗り気でやってたけど……別に一人でかけれない訳じゃないから」 「何、チャンスって」 「……んー。……堂々と髪、ずっと触っていられるチャンス?」  はは、と笑いながら蓮がそんな事を言う。   「――――……だって付き合ってた訳じゃないしさ。髪触らせてって、変だろ?」 「……キス、はしてたんだから、髪くらい……」  ちょっとよく分からない。 「キスは……我慢できなかったから」 「――――……」 「キスは許してくれてるっぽかったけど……その上髪、触らせてとか、気持ちわるがられても困るし。そこ、ドライヤーは、合法的だろ?」 「気持ち悪いって……合法って……」  クスクス笑ってると、蓮は、よしよし、と髪を撫でてくれる。 「まあこれからは、いつでも触るけど……でもドライヤーはさせて。髪が乾いてく、ふわふわした感じが好きだし――――……あと、気持ちよさそうにしてるの、可愛いから」 「……っ」  もう、ほんと、蓮、不意打ちで、恥ずかしいこと、ぽんぽん言う。  一瞬で赤くなったと思うオレは、可笑しそうに笑った蓮に、すり、と頬を撫でられた。  そこでがらっとドアが開いて、びく、と離れた蓮の手。  知らないおじさんが出てきただけで、オレ達のことなんか、全く見ていなかったのだけれど。  二人でおかしくなって、笑ってしまった。  

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