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それぞれの春祭り(5/7)
中庭に面した暗い渡り廊下には、遠い花火の残り香だけが漂っていた。
ノクスは医務局で塗り薬を受け取ると、元来た道を戻っていた。
けれど、その足取りはトボトボとして、とても彼らしくなかった。
縫い合わせたばかりのクレイの肩の傷は、先程の行為で開いてしまっていた。
彼の肩で、赤い染みが真っ白い包帯を染めてゆく姿は、ノクスには直視できないほどに辛かった。
早く戻って、これを塗って、彼の包帯を巻き直さなくては。
頭では分かっているのに、心がついてゆけないままだった。
ノクスには分からなかった。
なぜ「やめてくれ」と言えなかったのか。
言おうと思えば言えたはずだ。
……言おうと、思えば……。
それはつまり、ノクス自身がそれを言おうとしていなかった。ということなのではないのか。
私は、彼に組み敷かれて、嫌ではなかったと……。
むしろ……。
そこまで考えて、ノクスは完全に足を止めた。
「どうして……」
ぽつりと零れた自分の声は、不安げに震えていて、まるで自分の声のようではなかった。
どうして今まで、気付かずにいられたのだろうか。
自分は、彼が、好きなのだと。
もし、それにあの頃気が付いていたら……。
卒業する彼を、ただ見送るだけでなかったら……。
彼の言葉が蘇る。
私を、妬かせたかったのだと彼は言った。
それは、もう昔の事なのだろうか。
私が、あまりにも自分の気持ちに鈍感なせいで、こんな……。
……こんなに、後になって気付いたところで……。
ギリ。と自分の前歯の擦れる音がした。
彼の気持ちはもう、ここにはないのだろうか……。
暗い廊下で一人立ち尽くすノクスを、春の夜風だけがそっと撫でた。
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