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第380話

「っぁ、今後とも、よろしくお願いします」 言葉と共に下げた頭が、小さく震えた。 ここでキレたら、火宮に多大なる迷惑をかける。それくらい考えつくくらいの思考力は、俺にもあった。 「っ…」 ぐ、と文句を堪えて唇を噛み締めたとき。 ふとそれまでどこに控えていたのか。真鍋がスッと近づいてきて、何やら一言二言、火宮に耳打ちをした。 「オヤジか」 火宮が呟くのと同時に、ざわっと会場の空気がどよめいた。 「くっ、組長っ!」 「七重組長だ」 「オヤジさん…」 ざわざわと騒めく人の間を抜け、七重が真っ直ぐに上座の俺たちの方へやってきた。 ふっ、と小さく吐息を落とした火宮が立ち上がる。 つられて椅子から立ち上がり、俺も火宮の隣に並んだ。 段から下りた火宮と俺を待って、七重がゆったりと目を細める。 「今日はお招きありがとうな」 「わざわざご足労いただき、ありがとうございます」 いつもは尊大で不遜な火宮様が、この人相手にだけは丁寧に接して見せるんだよね。 「おい、翼」 「はい?あっ、いや、はいっ、あのっ、七重さんっ、今日は来て下さってありがとうございますっ」 ヤバイ。火宮を眺めている場合じゃなくて。 慌ててガバッと頭を下げた俺に、くすっと七重の笑い声が聞こえた。 途端にザワザワと、会場内のどよめきが高まる。 「っ、俺…」 ヤバイ、何かやらかした? ぼんやりしてしまった自覚のある俺は、焦って火宮を見上げる。 「ふははっ、翼くん、よく似合っておる。火宮とお揃いか」 好々爺然と目を細めた七重が、スッと俺の左手に視線を向けた。 「っぁ、はい。火宮さんから、贈っていただいて」 「ふふ、改めて、おめでとう。火宮も。しっかり甲斐性を見せているじゃないか」 一目でフルオーダーの高級リングだと見て取ったらしい七重が笑う。 火宮もニヤリと得意げな笑みを浮かべた。 会場内の騒めきが、もう騒動と言った方がいいくらいの大きさになる。 「あー?」 なんだろう、この空気。 なんだか俺のヘマを噂するというよりは、驚き慌てて困惑しているような…。 「クックックッ、おまえの肝の据わり方は、本当に頼もしいな」 「えっ?」 「ふはは、多少のことでは動じない、組長どもの腰を抜かしておきながら、このケロッとした態度。さすがは火宮のツレだ」 えーと? 七重の言葉に周りを見れば、みんながみんな、俺を畏れ多そうに、畏敬の混ざった目で見つめていた。 「え?」 なにこれ。 意味のわからない視線に首が傾く。 くいっ、と火宮の腕を引いた俺は。 「ククッ、おまえは俺の唯一最愛のイロだ」 「ついでに俺も可愛がっている、俺の贔屓の人間だ」 「あの…?」 ニヤリと笑った火宮に優しく見つめられ、七重にはくしゃりと頭を撫でられる。 「っ、あの七重組長が!」 「オヤジの後ろ盾もあるのか。ますます大事にしなくてはっ」 「火宮会長、七重組長の後見とは、あの少年に今後1ミリたりとも失礼があっちゃいけない」 ざわざわざわっ、と波紋を広げた騒めきの意味は、俺にはよく分からなかった。

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