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第381話

「ふはは。ところで翼くん、入籍祝いの品は何がいい」 「え?」 入籍祝いの品って…? 「なんでも好きなものを言うといい。家か?車か。ビルでも土地でもなんでもいいぞ」 「はいぃ?いや、あの…」 コノヒトハナニヲイッテイルノダロウ。 相変わらずの金銭感覚のズレっぷりに、思わず思考回路も止まる。 「ククッ、自家用ジェットとか、宇宙旅行の手配とか、吹っかけてやれ」 「はぁっ?そんなの、もらっても困りますし、そもそも俺は何もいらな…」 さらにぶっ飛んだ発言、もうやめて。 「遠慮するな」 「そうだぞ。なんだ、俺には祝わせてくれないというのか?」 あー、もう、だから、2人がかりで…。 「遠慮とかじゃありませんし、お祝いなら気持ちだけで十分です」 「その気持ちを形にしたいんだ。なんなりとねだってくれ」 1度出した発言を、七重はどうやら引っ込める気がないらしい。 「うぅ…」 「なんでもいいんだ」 「う、本当に、なんでもいいんですか?」 「あぁ。なんでも言ってくれ」 もうこうなったら、何か要求しない限り、解放されそうにない。 渋々、本当に渋々、無理矢理欲しいものを考えた俺は。 「じゃぁ火宮さんの昔の写真とか。七重さんと会った頃の…。あっ、成人式とか?」 1度見てみたかったんだよね。 七重なら、持っているか、入手できるだろうと思って口にした俺なのに。 「却下」 「はぁぁぁっ?」 隣の人が、取り付く島もなく切り捨てて下さった。 「なんだ、そんなもの、お安い御用だ」 「オヤジ」 「ははっ、別にいいだろうが、過去の写真の1枚や2枚」 「………」 ジロッと鋭い視線を七重に向ける火宮は、よっぽど俺に見せたくないらしく。 「まぁ火宮が成人式など出るわけがないが、内々の成人祝いのときの写真ならあるぞ」 「わぁ、じゃぁそれ…」 「だから却下だ。面倒くさい、もう小切手にしておけ」 ふん、と鼻を鳴らす火宮は、あまりに味気ない現金だなんて言い出して。 「えー、せっかく七重さんがなんでもくれるって言うのに。それに隠されると、余計に見たくなるんですけど」 「人の心理とはそういうものだな」 「ですよねっ。じゃぁ…」 ワクワクと七重に食いついた瞬間。 隣から、妖しく怖いオーラが漂ってきた。 「翼」 「っひ…」 「今夜、覚えておけよ?」 チラリと向けられる流し目が、それはそれは壮絶で。 「っーー!やだっ。七重さんっ、やっぱりお祝いは別のものにしますっ」 「チッ、つまらんな。じゃぁ翼くん、火宮の秘蔵写真は、また火宮に内緒でこっそりと…」 「聞こえていますよ、オヤジ」 ヒソヒソと、後半は声のトーンを落として言ってくれた七重だけど、俺の隣にピッタリと立っている火宮には無駄もいいところで。 「まったく、オヤジと翼がつるむとろくでもない」 「ふん。何をそこまで嫌がるんだか。それともそれは、翼くんが自分より俺に懐くのが面白くないおまえの嫉妬か?」 「オヤジっ!」 ガウッ、と噛み付いた火宮の怒声に、俺は俺で冷や汗タラタラだった。 「な、七重さん?」 お願いだから、もうその辺にしておいて。 あまり火宮を挑発しすぎると、絶対に夜、俺が大変なことになる。 「ふはは、でもいいことが分かったぞ。翼くんは、金より物より食い物より、火宮の秘蔵ネタで釣れる」 「っ…」 「今度から、翼くんを誘い出したいときはぜひそれを利用しよう」 ニヤッと悪い笑みを浮かべる七重は、やっぱりヤクザの親分さんで。 「翼。もしもうっかりそんなものに惑わされようものなら…分かっているよな?」 ニヤリ、と壮絶に妖しい笑みを浮かべる火宮も、やっぱりヤクザのトップ様で。 「っーー!大丈夫ですっ、ついて行ったりしませんっ」 ごめんなさい、七重さん。 だけどやっぱり俺が1番怖いのは、火宮のお仕置きだから。 「まったく、この嫉妬しいの、心の狭い男で、本当にいいのか?翼くん」 「嫉妬も愛ですよ」 「夜も泣かせるんだろう」 「仕置きも愛ですよ」 こ、の、バカ火宮ぁぁぁっ。 シラッとぶっ壊れた台詞を吐きまくる火宮に、さすがに七重も呆れている。 「まぁ当人同士がいいならいいが。では祝いの品は、こちらで勝手に考えて贈らせてもらう」 「ククッ、ありがとうございます。あぁ、参考までに、翼が好きなのは、催淫効果のあるローションと、ローターとバイブと…」 「誰が夜のお供を贈ると言った、誰が」 あぁぁ、もうこの人、誰がどうにかして。 「バカ火宮っ!」 さすがにブチッとキレた俺は、火宮の腕を振り払って、ズンズンと、みんながいるフロアの中へと歩いて行った。

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