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第384話

「翼」 「っ?!」 「ひっ、か、会長っ」 「会長っ」 不意に、頭上に影がさしたかと思ったら、松原さんたちが引きつった顔をして後退った。 「いつまで油を売っているつもりだ」 「ぐっ、重っ…」 ガシッと頭に片手を乗せられ、上から押さえつけられる。 「ちょっ、離して下さいっ」 ベシベシと、頭に乗った手を叩いたら、何故か松原さんたちが青褪めた。 「え?」 「クッ、ほら、離してやるから上に戻れ。ったく勝手にうろちょろして」 「だって!火宮さんと七重さんが変な話ばかりするからですよね!」 俺は悪くない。 「それで、あかんべをして、真鍋を振り切って、こんなところで浜崎たちと楽しく雑談か?」 「それは…」 ヤバイ、この顔。嫉妬の滲んだこれは危険信号だ。 「あー、いや、ほら、お料理をね?あっ、火宮さんっ、何食べます?俺、取って来ますよ!」 これはもう、逃げるしかない。 パッと火宮の身体を避けて、ビュッフェ台の方へと駆け出そうとした身体は、何故かがっしりと火宮に捕まっていた。 「うわぁっ」 「逃がすか。ほら、オヤジならもう、他の組長たちの挨拶に捕まっている」 見せられる会場内では、七重が色んな人に囲まれて、人だかりになっている。 「ククッ、今夜が楽しみだな」 「っーー!」 こそっと、俺にだけ聞こえる声で囁いた火宮に、ギクッとなる。 「それとも今この会場で仕置きするか?」 ニヤリ、と悪い笑みを浮かべた火宮にゾッとした。 「嫌ですっ。いや」 このどS。 本当にやりかねないから笑えない。 「クックックッ、だから、夜まで待ってやるといっている。寛大だろう?」 「っーー!」 感謝しろ、って、そもそも火宮さんが変な発言ばっかりしたのが悪いのに。 「ん?その目。何か言いたそうだな」 「っ、別に…」 「バカ火宮、か?ククッ、オヤジと共謀したことと、勝手にふらついたこと、俺を放置して浜崎たちと遊んでいたことは夜にしてやるが…暴言の仕置きは今でもいいな」 「なっ…」 ポカンと開けてしまった口が命取りだった。 「んっ、んーっ!ンッ」 舌、舌、舌ぁぁっ! 悪口を言った口へと罰、と言わんばかりに、みんなからの大注目の中、ものすごく濃厚なキスをされる。 ねっとりと口内が舐られ、舌を絡めて吸い出され、たまらず身体が震えた。 「んっ、ふっ、ぅん…」 ヤバイ、腰抜ける…。 ガクガクしてきた膝が頼りなくて、反射的に火宮の身体にしがみつく。 「あっ、はっ…」 もう駄目…。 ボーッとしてきた頭で、目の前のどアップの美貌だけがよく見えて。 ツゥーッと互いの間に唾液が糸を引いた。 「ククッ、その顔」 「………?」 自分では分からないそれを笑われる。 「反抗的な目をしていたかと思えば、今度は、たまらなく色っぽい目をしてみせて」 「んっ…?」 「この小悪魔めが」 ククッ、と喉を鳴らした火宮が、とても満足そうに頬を持ち上げた。 「ほら、戻るぞ」 手を取られて、ふらりと足を踏み出せば、いつの間にか、シーン、と静まり返っていた会場に気づく。 あ…。 テクテクと、火宮が歩き出したところで、その空気が、どよっ、と波打った。 「か、か、会長の生キス?!」 「やべぇ、勃っちまった」 「溺愛、マジだ。しかも翼さんのあの色っぽさ」 「うはぁ、翼さん、すげぇ」 言葉は聞き取れないものの、多分、今の公開ディープキスを噂されてる。 「っーー!」 もう恥ずかしいっ! うるっ、と潤んだ目と、滲んだ視界で火宮を睨み上げる。 「クックックッ」 このどS。 今の今で、さすがに口に出来ない暴言を飲み込む。 「はぁぁっ、会長、あなたはまたこんな場所で…」 「ふははっ、あの火宮が、人前でキスシーンか。そうさせる翼くんは、本当にすごい子だ」 遠巻きにヒソヒソ話す声の中に、真鍋と七重の声も混じっているのは、なんとなく聞こえてきた。

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