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第385話

「はぁぁっ、疲れたー」 がくぅっ、と脱力した身体が、フラフラと室内に進む。 披露目式を終えた俺は、披露目式会場の上、火宮が取っていたホテルの部屋に移動してきて、ようやくひと息つけた。 「ククッ、そんなに疲れたか」 ポン、と後ろから頭に乗った火宮の手が、くしゃりと髪を撫でる。 シュルッとネクタイを解きながら、俺の横を通り過ぎた火宮が、そのまま真っ直ぐ窓辺まで歩いていった。 「まぁほとんどが気疲れですけどね」 色んな意味で、と嫌味を込めて見た火宮の顔が、壁一面の大きな窓ガラスに映り、ニヤリと歪む。 「ククッ、俺の評価が、とか言っていた割には、途中から随分と好き勝手してくれていたようだが?」 「それは…」 確かにあまりに自然体でいすぎた感はある。 「クッ、まぁいい。上出来さ。ほら、来てみろ」 不意に誘われて、俺はふらりと、窓辺に佇む火宮の側まで足を運んだ。 「うわぁ、綺麗」 眼下に広がる煌びやかな夜景が美しくて、思わず言い訳も忘れて感嘆の声が漏れた。 「それで、どうだった?」 「え?」 「正式に、俺のパートナーだと公表されて」 チラリと見上げた火宮の目は、夜景ではなく、ガラスに映った俺と火宮が並んだ姿に向いていた。 「っ、火宮さんが言ったこと…俺の周りの環境が変わるっていうのを、実感しました」 「そうか」 「俺は、蒼羽会会長の本命として重んじるべき存在で、だけど同時に利用価値のある存在でもあるんですね」 俺を足掛かりに、火宮への繋ぎをつけようと、利用目的で近づかれることもある。 それを披露目式で痛感し、握った拳に力が入った。 「させないさ」 ふっ、と軽く笑った火宮の顔が夜景に彩られた窓ガラスに浮かんだ。 「そうですね…」 何があっても、あなたはきっと俺を最優先に守ってくれるのだろうから。 煌めく夜景の中に浮かぶ俺の顔は、複雑な色を映して揺れていた。 「だけど、あなたに甘え切るだけでは駄目だ、とも、思いました」 俺が、俺の立場や価値を自覚して、利用されたり、火宮にとって害になったりしないように。俺は俺でしっかりと自分の足で火宮の隣に立たなくてはいけない。 「ククッ、急に大人になって。まだまだ俺に寄り掛かってくれていていいものを」 「それはとても楽で、簡単な道でしょうけど…。でもやっぱり俺はあなたのパートナーだから」 「翼?」 「寄り掛かるんじゃなく、寄り添うことを選びたいです。きちんと自分の足で自立して、あなたの隣に堂々と佇みたい」 目の前の窓ガラスに映った俺の唇が、緩やかに弧を描いた。 「ククッ、だからおまえが」 「え?」 「ふっ、相変わらず男前だな」 にっこりと、蕩けそうなほど優しい笑みを浮かべた火宮の顔は、眼下に広がる夜景よりもずっとずっと綺麗だった。 「それで?」 「へっ?」 綺麗な火宮の顔に見惚れていた俺の、間抜けてキョトンとした顔がガラスに映る。 「男前な翼は、披露目式での自分の言動の落とし前を、どうつけてくれるんだ?」 せっかくの綺麗な微笑を、ものの見事に意地悪でサディスティックな笑顔に変えた火宮が、ガラス越しではなく、直に俺を見下ろしてきた。 「っーー!」 「さて、今日の仕置きは…」 ニヤリ、と、妖しく笑った火宮の顔は、俺には悪魔のそれにしか見えなかった。

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