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第392話

※薬物投与、摂取の描写があります。 ご不快に思われる方は閲覧にご注意下さい。 「ヤメロ」 不意に、ギリッと歯を軋ませて、豊峰が唸り声を上げた。 「ハッ、なんだ?」 「翼に手出しするのはヤメロ!俺が代わる」 ギロッと本城を睨みつけながら、豊峰がギリギリと歯軋りをしていた。 「はっ、馬鹿言え。火宮刃と無関係の貴様を傷つけたところで、なんの意味もない」 「っ、関係ならある!俺は蒼羽会の下の豊峰組、豊峰組長の息子だ」 低く唸るような声を絞り出す豊峰を、本城は嘲笑った。 「あっはは。それがなんだ。関係はあっても価値はない」 「価値は…だけどっ」 「ふぅん、だけど貴様もヤクザかー」 ニタァッ、と笑み崩れた本城の顔は、嫌な予感をヒシヒシと感じさせた。 「藍くん、やめてっ…」 「やめねぇよ。ここでおまえを守るのが、俺の役目だろ。親父の駒の、俺の」 「っ、何言って…」 「あいつならぜってぇそう言うよ。俺がどうなろうとも、火宮会長サンの伴侶殿を必ず守れって。何がなんでも守れって」 会長サンもきっと同じだ、と笑う豊峰は、あまりに自分を蔑ろにしていて。 「駒じゃない!藍くんは、俺の友達だっ。大事な大事な友達だ。だからっ、藍くんが俺の身代わりになって、何かされたら…」 「翼っ」 「俺は俺を許せないよ。俺が悲しむよ!苦しむよっ」 だからやめて、と叫ぶ願いは、豊峰だけでなく、本城にも届いてしまった。 「へぇぇぇ?美しい庇い合い。なーんて賞賛するとでも思った?うん、いいこと聞いた。そっか。そっかぁ、火宮翼くんは、自分が傷つけられるより、このオトモダチを滅茶苦茶にされる方が辛いのか」 「っ…それは」 「ふぅん。ま、こいつもヤクザの一員らしいし?貴様らヤクザがいなければ、クスリなんて扱う裏稼業のやつらがいなければ、あいつは死なずに済んだかもしれない。貴様らは、存在自体が悪だ。貴様も一緒にボロボロにしてやる。それで火宮翼が傷つくなら、一石二鳥だ」 くくくっ、と下品に喉を鳴らした本城が、じりじりと豊峰に近づいていった。 「それじゃぁ先に貴様を、火宮翼の前でぐちゃぐちゃに壊してやろう。プライドの高そうな貴様を、犯して善がらせたら、屈辱でブッ壊れてくれるかな?」 ニャァッ、と笑った本城が、カチッとライターに火をつけて、豊峰の目の前に向かう。そのとき。 「やめて。あなたの狙いは俺でしょう?」 本城と豊峰の間に立ち塞がった俺は、真っ直ぐに本城を見つめた。 「傷つけるのは、俺だけでいいはずだ。火宮さんを苦しめたいだけなら、俺だけで充分だ」 「翼っ!」 「目移りしないでよ。ねぇだからそのクスリ、俺に使って?」 にこりと微笑んだ顔は成功しただろうか。 本城の目が、薄く細められる。 「ふぅん、媚びたいい顔するじゃねーか。さすがは火宮刃のオンナか」 「っ…」 「分かった。いいぜ。きみが善がって狂っていく様を、ちゃんと撮らせてくれれば、オトモダチには何もしないでおいてやる」 サラサラと、アルミホイルの上に出された粉末が、やけに真白く目に映る。 「バカッ、翼っ!ヤメロ!おまえそれが何か…」 分かってる。大丈夫。 だからこそ俺の巻き添えで藍くんに使わせるわけにはいかない。 にこりと振り返った顔を、ゆっくりと小さく上下させる。 「バカッ。遊びじゃねぇんだよっ!おまえにそんな風に庇われて、俺が嬉しいわけねぇだろうがっ」 分かってる。 だけどそれは俺も同じだよ。 ゆらりとライターの火を揺らめかせる本城に、視線を戻してゴクリと唾を飲み込む。 「吸え」 口に咥えさせられた、紙を丸めた筒みたいなものを唇に挟んで、黙って頷く。 「一瞬だぞ。しっかり逃さず吸い込めよ」 ゆらりと揺れたライターの火が、アルミの下に消えていく。 「っ…」 あぁコレ…。 ドクッと跳ねた心臓が、ドキドキ、ドキドキとうるさく脈打つ。 「っあぁ…」 願わくば、藍くん。 俺のヨがり狂う様を、どうか見ないで。目を閉じていて。 「はっ、ぁ…」 火宮さん…。 学校から消えた俺に、もう気づいてくれた? 最後に浮かんだ愛しい人の笑顔が、眩い光の中に消えていった。

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