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第393話

※薬物投与、摂取の描写があります。 ご不快に思われる方は、閲覧にご注意下さい。 あぁ、なんだろう。 ふわふわして、とても気持ちがいい。 「…ばさ。…ばさっ!」 「えへへ」 ポカポカ暖かくて、身体がとても軽い。 「しあわせー」 「翼っ!」 「ふぁ?」 ドンッ、と体当たりしてきたこの衝撃は何。 「しっかりしろっ、翼ッ!」 「ふふふ」 可笑しいの。 「翼ぁっ!」 なんだろ。誰かが叫んでる? そういえばここ、どこだっけ。 「くそっ、翼ッ」 「あ…」 あ。 「藍、く、ん…」 思い出した。 俺は本城に拉致られて、クスリを吸わされて。 「翼っ!」 「藍、くん…」 なんとか焦点が合った目に、ぼやぁっと豊峰の顔が見えた。 「はぁっ、よかった。おまえ、完全にラリっちまったかと」 「あ、あ、俺」 数秒前の記憶はあまりに曖昧で、今も本当は、その不確かな世界にいつ呑み込まれるとも分からない、とても不安定な感覚の中にいる。 「あ、いつ、は…?」 正気でいられるうちに、必死で豊峰と会話を繋がなくては。 「なんか、手配した撮影スタッフが、急なキャンセルをしてきたとかで。電話で怒鳴りながら、別の手配をするとかなんとか、部屋を出て行った」 「そか…」 ぐらり。 世界が歪む。 「翼!多分だけど、それってきっと、あの会長サンが気づいて動いてくれてるんだと思う」 「っあ。ひ、みやさ、が?」 「あぁ。多分、翼が学校から拉致られたこと、翼ンとこの面子はもう気づいてくれてる」 間違いない、と力強く響く豊峰の声に、なんだか泣きたくなった。 「助かる…かな」 「助かる!あの会長サンは、どんな手使っても、必ずおまえを救い出しに来てくれる!」 「んっ…」 「だから頑張れ!」 ぐるぐる巻きに縛られたまま、それでも力強く励ましてくれる豊峰が頼もしい。 「うん…。藍くんは?無事?何もされてない?」 「ッ、バカ翼っ!…てめ、人の心配なんか、してんなよっ…」 怒鳴る豊峰の声が湿る。 「無事?」 「あぁ!おまえのおかげで、俺はなんともないっ。何もされてねぇから…だから」 「よかったぁ」 ホッとして。 すごくすごくホッとして、身体からヘニャッと力が抜けた。 「っ、気持ち、わる…」 「翼っ?」 「あぁ、重い。頭が、身体が…」 「翼っ!」 突然訪れた、この途方も無い倦怠感はなんだろう。 「ごめ…藍くん。なんか、だる…」 「翼っ…」 ズブズブと、このまま床に沈んでいくんじゃないだろうか、と思うほど、身体が重くて怠くて。 とりあえず、目を閉じようとした、そのとき。バタン、と部屋のドアが開く音が、耳に飛び込んできた。 「何を騒いでいる」 「アンタ!」 「あぁ、なんだ。もう効き目が切れてきたのか。早かったな」 ニャァッ、と笑う本城が、ゆっくりと側まで歩いてきた。 「ほら、やるよ」 カタン、とテーブルから、錠剤を取り上げた本城が、ニタニタと笑う。 「これを飲めばラクになるぞ」 「駄目だ、翼っ!飲んだらダメだッ」 目の前に揺れる錠剤と、必死で叫ぶ豊峰の歪んだ顔が交互に視界に入る。 「ふははっ、抵抗するか?あぁ、すればいい」 「っ…」 「あいつもきっとそうだった。抗って、抗って、それでもあいつは堕とされた」 パキリ、と握り潰された、錠剤の音が響く。 「抵抗しても、敵わない。その絶望はどれほどだ?抗っても抗っても堕ちていく、その無力感と絶望に、打ちひしがれて狂っていくといい」 床に転がった身体を、ドカッと蹴られて仰向けにされる。 ぐぃっ、と無理矢理口に押し込まれたのは、新しく取り上げられた錠剤で。 「んぐ…」 必死で歯を食いしばっても、強引にこじ開けられた口内に、ポトリと薬は落ちていき、蓋を開けたペットボトルの口を押し込まれれば、流れ込んでくる水の苦しさにそれを飲み込むしかなくて。 「うっ、ごほっ…はっ、うぐっ…ん」 ゴクン、と上下してしまった喉に、苦い絶望が広がった。 「あ、あぁ…」 「クソッ、翼ぁぁぁっ!」 「ふはは。きみは堕ちるところまで堕ちていく。火宮刃が、こちらの動きに気がついた」 え…? 「手配した撮影隊は、多分捕まったよ。今頃拷問で、この場所を吐かされている頃だろう。きみたちのGPSを潰しておいてよかった。だけど多分、もう時間はほとんどない」 「会長サンがっ?やっぱり!」 な、に? ぼんやりと霞んできた頭では、本城の言葉を上手く理解出来ない。 「撮影はもうナシだ。移動する時間もきっと残されていない。だったらせめて、火宮刃が乗り込んでくるまでの間に、きみを完全に狂わせてやる」 「っ…」 「ありとあらゆる玩具で犯しつくし、善がり狂って壊れるまで責め抜いてやる」 バラバラと床にぶちまけられた、大人の玩具たちが目に入る。 「あぁ、これも、もういらないな。ボロボロのただの人形になったきみには、愛する人などもう必要ない。クスリとセックスだけがきみの世界の全てになる」 な、にを、言って…。 ふわっ、と心地いい暖かさに包まれて、思考が靄の向こうに霞んでいく。 「正気を失って、きみはトモダチのことも、そして、最愛の人のことも分からなくなる」 スルリと触れた本城の指が、俺の両手の拘束を解き、俺の薬指から、何より大事な宝物を奪っていく。 「イッツ、ショータイム。壊れたきみを見て、火宮刃はどんな顔をしてくれるだろう。どんな絶望を見せてくれるだろう」 楽しみだ、と高笑いする本城は、狂っていた。 カラーンと音を立てて床に転がったリングに伸ばした手が、それに届くことなくパタリと落ちた。

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