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第394話

※薬物に関する描写があります。 ご不快に思われる方は閲覧にご注意下さい。 あぁ、気持ちいい。 さっきまでの倦怠感が嘘みたいに身体が軽い。 今ならなんでもできそうだ。 「…ばさっ。つばさっ!」 「ふふ」 後から後から力が湧いてくるような気がして、まるで無敵のスーパーマンにでもなった気分だ。 「はぁんっ、熱ぅい」 身体の中から熱が湧き上がり、カッカと火照る身体を持て余す。 「あふっ…」 暑いから、脱いじゃえ。 プチプチとワイシャツのボタンを外し、バサリと肩からシャツを外したら、豊峰がジタバタと床でうねっていた。 「翼ッ!」 「あははー、藍くん面白いー」 何それ。新しい遊び? クネクネ飛び跳ねて、本当、芋虫みたい。 「翼っ…」 「んっ、はっ…」 あぁ、ヤリたいな。 全身が性感帯になったみたいに、空気が触れてもゾクゾクする。 「じんー」 刃、どこ? ふらりと彷徨わせた目に、ふわふわと優しく笑う火宮が見えた。 「っ!」 ち、がう…。 「翼っ?!」 「違う。火宮さんは、そんな顔して笑わない」 俺の知ってる火宮刃は。 そんな完璧な優しい笑顔を浮かべない。 火宮が思わず見せる優しい笑顔は、もっと下手くそで、だけど心がとっても伝わって、思わず泣けそうなほど幸せな笑顔なんだ。 「偽モノっ…」 幻覚だ。俺は間違えない。 俺だけはあなたを、どんな偽ものとでも区別できる。 「っ…」 俺は呑まれない。 本城が言うように、狂気に呑まれたりなんかしない。 ギッと睨みつけた優しい笑顔の火宮が、ふわっとぼやけて本城に変わり、ニタニタと下卑た笑みを浮かべる顔がそこにあった。 「チッ。くそみたいな精神力だな。きみの支えは火宮刃か。面白いほどに強烈だ」 「お、れは、あなたの思い通りになんか、ならなっ…」 「ふははっ、あっぱれだ」 ニタァッと笑う本城が、さらに新たな錠剤を取り上げ、パキッと包装から取り出した。 「これでもまだ、強がれるか?追加だ。きみはどこまで耐えきれる」 コトン、とペットボトルの水も取り上げ、ゆっくりと俺の目の前に本城が跪く。 あぁ、まただ。 昏い覚悟が頭の片隅を過ぎった瞬間。 「クソがぁっ!ヤメロッ!もういい加減にしやがれっ」 いつの間に起き上がったのか、豊峰がぐるぐるに縛られた姿のまま、本城に体当たりを食らわせていた。 「チッ…貴様」 「藍くんっ!」 パラパラと錠剤が床に散らばり、ゴロゴロとペットボトルが転がっていく。 本城がすぐさま体勢を整え、手足も身体も不自由な豊峰は、そのままドタッと転がって、ジタバタと床でもがいていた。 「藍くんやめてっ…」 今の状態では敵わないよね! 分かっていたからこれまでも大人しくしていたんでしょう? 「クソッタレが。火宮翼に免じて貴様は見逃しておいてやったものを」 カチリと本城がいきなり取り出したのは、鈍く光りを弾くバタフライナイフ? 「藍くんっ!」 だから駄目だって。 どうして突然、そんなキレた真似…。 「ハッ、刺すか?アンタはなぁっ、どこまでも矛盾してんだよっ!」 ギラリ、とナイフの刃が高く掲げられる。 「貴様…」 「火宮会長サンに憎しみを向けながらっ、アンタは翼に、アンタの親友が1番されたくなかったはずのことをしてるっ!」 「黙れ貴様ッ。殺すぞ」 ゆらっ、と揺れたナイフを見つめ、豊峰はどこまでも皮肉な顔をして笑った。 「マトリ、だろう?」 「ッ…」 「アンタの親友サン、マトリだったんだろう?ならさぁ、クスリ。クスリを使う犯罪を、1番憎んでいたんじゃねぇのかよ」 「うるさいっ!」 ドカッ、と激しく豊峰が蹴られ、俺は思わず身を竦めた。 「ぐっ…。あはは、自覚あんの?そうだよな?マトリの仕事は、薬物の流通を防ぐこと。撲滅すること。それをなんだ?アンタはそいつがヤクで狂わされたと知って、結局アンタも、その親友サンを狂わせたやつらと同じように、ジャンキー1人増やそうとしているだけじゃねぇか」 「黙れ、黙れ、黙れ」 「黙んねぇ。だってアンタ、矛盾しすぎ。ヤクを扱う組織さえなければ?うっかりマトリの正体を見破った会長サンがいなければ?あっはは!冗談」 「ッ…」 「その前に、アンタみてぇな、トチ狂った感情で、クスリに手を出すような人間がいなけりゃ、そもそもヤクなんて流通しねぇんだよっ!商売にならねぇんだよ。翼を狂わそうとしているそのクスリ、アンタどこで手に入れたよ?」 「くっ、それは…」 「火宮会長サンを、アンタの親友サンの仇と言いながら、アンタが1番親友サンを裏切ってんだよっ!仇討ちすんなら、まず自分を刺しやがれ、くそったれがぁぁっ!」 豊峰が、床に転がったまま全力の叫びを迸らせた瞬間。本城の高く上がったナイフが、ギラリと光を弾いた。

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