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第395話
※薬物に関する描写があります。
ご不快に思われる方は閲覧にご注意下さい。
「藍くんっ!」
「ッ…」
駄目だ、と思って瞑った目の最後に、豊峰が刺されることを覚悟した、痛みに備える表情を浮かべたのが見えた。
ダァンッ!
「そこまでだっ!小僧の上から退け!」
不意に、騒々しい物音と足音、鋭く低い声が聞こえて、俺は恐る恐る目を開いていった。
「チッ、くそ。立てっ」
「会長サン…親父」
グイッと引き起こされた豊峰が、本城に人質のように抱き込まれ、ナイフを首すじに当てられた姿がまず見えた。その向こうに、こちらを睨んで立っている、火宮とその部下たち、そして豊峰組長の姿が見える。
「翼…」
火宮の目が、一瞬だけ俺を捉えた。
床に座り込み、服をはだけさせた俺の姿を。
「来るなっ!それ以上近づいたら、こいつを殺す」
ジリジリと、豊峰を羽交い締めにしたまま後退る本城の足が、コツンと俺にぶつかる。
「きみも下がれ。下がって、クスリを拾って、一錠それを飲め」
従わなければ豊峰を殺す。
グイ、と首すじに軽く押し付けられたナイフが、そう語っていた。
「駄目だ翼っ、ヤメロ!」
「翼、従うな」
豊峰と火宮の声が同時に響く。
「俺はいい!俺なら構わねぇからっ、従うなよ?」
「そうです、会長。藍の無事や命など構いませんから、イロを助けて下さい」
え…?
今、なんて?
誰の声…?
ブルリと震えた身体は、決してはだけた肌が寒かったわけではなかった。
「いいな?藍。おまえは死んでも会長の大切なお方をこちらに帰すんだ」
ヒヤリ。
はっきりと聞こえてしまった豊峰組長の声に、俺の心は凍った。
すぐ間近の豊峰の足も、ピクッと震える。
「豊峰組長」
「親父…」
低い火宮の声と、豊峰の呆然とした呟きが聞こえた。
「ささ、会長。藍の無事などには構わずに、早く」
「っ、分かってるよ。なぁ残念。俺には人質の価値すらなかった。ほら翼、俺は死んでも構わねーから、さっさと戻れよ、会長サンのところに」
重なる組長の言葉に、豊峰が自棄になったことだけは理解した。
「………」
「翼?ほら、俺は刺されようと殺されようと平気だから。気にせず向こうへ行け」
なにそれ…。
なにそれ。
なにそれ!
「平気なわけない」
クスリでぼやけた頭でだって、組長さんが言ってることも、藍くんが言ってることも間違っているって分かる!
「翼っ」
狂っているのは俺じゃない。
本城だ。豊峰だ、豊峰のお父さんだ。
スッと見つめた火宮だけが、間違いなく俺の心を理解した。
「翼?」
そっと動かした手で、散らばった錠剤を拾う。
転がったペットボトルにも手を伸ばし、そっとそれを掴み上げた。
っ…。
指輪がない。
そのことに気づいたのだろう。
火宮の目が、一瞬鋭く俺の左手薬指に向いたのが分かった。
それでも動揺を押し殺してペットボトルの蓋を開ける。
「くっく、いい子だ」
横目で俺の行動を見た本城が、満足そうに喉を鳴らした。
パキリと取り出した錠剤を口へ運ぶ。
豊峰が、組長が、火宮の部下たちが焦った声で叫んでいるのが分かる。
「んっ」
ペットボトルの口を唇につけ、ゆっくりとそれを傾けた。ヒヤリと流れ込んできた水を、ゴクリと嚥下し、グイッと唇を拭う。
「翼ぁっ、馬鹿野郎ッ…」
バシャッ、と落ちたペットボトルから、水がトプトプと床に広がっていった。
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