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第397話

あぁ、暑い。 喉が渇いて死にそうだ。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」 行けども行けども砂地が広がる、広大な砂漠の中。俺はどうして、こんなところを歩いているんだっけ? 「はっぁ、水ぅ…」 ぐしゃりと握りしめた胸元は苦しく、ふらりと伸ばした手の先には、求めるものは見つからなかった。 ジリジリと照りつける太陽が熱くて、今にも干からびてしまいそうだ。 ーー…ばさ。…ばさっ! 「っ…?」 不意に、砂ばかりに囲まれた景色の中に、ゆらりと揺れる人影が2つ、ぼんやりと佇んでいるのが見えた。 「父さん?母さん!」 ふわりと優しく微笑んで、おいでおいでと手招きしているのは、俺の両親で。 「父さん!母さん!」 砂地に足を取られそうになりながらも、俺は転がる勢いで砂漠を駆け出した。 「父さん、母さん」 必死で駆け寄り、2人に向かって手を伸ばす。 にこりと微笑んだ2人の姿が、不意にサラサラと崩壊した。 「え…?」 後1歩で掴めるはずの距離。 それでも俺の手は2人に届かず、俺の目の前で、2人の姿が溶けていく。 砂のようにサラサラと、風に流されて消えていく。 「父さん?母さんっ」 慌てて伸ばした俺の手は、スカッと何も掴めずに、ただ虚しく宙を切った。 「っ…」 な、んで…? ぼつりと1人。再び砂だらけの世界の中に、俺1人になる。 行く先も、戻る場所もわからずに、ぼんやりと立ち尽くした目の端に、キラリと光る何かを捉えた。 「な、に?」 光の発信源に視線を移し、目を凝らしてその場を見つめる。 サラサラと風が吹き、砂が流れて露わになったそこには、砂地に半分ほど埋まった指輪が見えた。 「っあ!」 ペアリング。 それが何かに気づいた瞬間、俺は慌てて飛びついていた。 「っ!」 跪いて、周囲の砂ごと掬い上げる。 サラサラと、指の間から砂を落とした手のひらに、何故かリングは残らなかった。 「え…?」 慌ててその場の砂の中を探る。 けれども触れるのはサラサラの砂ばかりで、金属のような固い感触はどこにもない。 「なんで?なんで?指輪。指輪はどこ?」 ひたすらに、砂をかき混ぜ這い回る。 その俺の目の前に、ふと、高級そうな革靴の足元が現れた。 「っ?!」 ーー…ばさ。つばさ。 「ひ、みや、さん?」 にこりと微笑む火宮が、俺を見下ろして立っている。 ーーつばさ。 あぁよかった。指輪、あなたが拾ってくれたんですね。 火宮の手の中に見える指輪に、ホッと力が抜けた。 ーーつばさ。 『捨てたんだな』 「え?」 『これは捨てられて転がっていた』 「っ、違っ…」 ぎゅっ、と指輪を握った火宮が昏く笑った。 『おまえはこれを、外して捨てた』 「違うっ、それはっ…。それはあの人が」 必死で伸ばした俺の手を、火宮はひょいと避けてしまった。 『いらなくなったから、おまえはこれを外して捨てたんだ』 「違う!違う、本当にそれは」 翼。 翼ーー。 薄く、昏く、微笑みながら、火宮がゆっくりと遠ざかっていく。 必死で火宮にしがみつこうとした手は、スカッと虚しく、再び宙を掻いた。 「違うからっ。お願い、火宮さんっ。行かないでっ!」 誤解だ。違う。俺は自分で指輪を外してなんかない。 嫌だったのに。無理矢理勝手に外されて…。 「火宮さんっ。火宮さんっ、嫌だっ」 行かないで。 昏い笑顔を宿したまま、火宮の姿が消えていく。 サラサラと、両親たちと同じように、砂に溶けて崩れていく。 「いやぁぁぁっ!火宮さんっ、行かないでっ!」 「つばさ。翼っ!」 失う恐怖と、深い悲しみ、絶望と苦しみが混ざったぐちゃぐちゃの感情が爆発した瞬間。 「翼!」 「っ、あ?…ひ、みや、さん?」 ぎゅぅ、と痛いほどに掴まれた手がピリピリと痺れて、ふと気づいた視界の中に、苦しそうに眉を寄せた美貌が映った。

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