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第399話
※薬物に関する表現があります。
ご不快に思われる方は閲覧にご注意下さい。
それから俺は、いくつの点滴を腕から引っこ抜いただろうか。
正気と狂気の間を行ったり来たりしながら、耐えがたい喉の渇きに苦しみ、襲い来る不安や恐怖に暴れ、目の前の火宮に当たり散らしていた。
顔を上げる度に、必ずそこにいてくれる火宮に、俺は一体どれほどの傷をつけたのだろう。
自分の頭を掻き毟る代わりに、差し出された火宮の腕を引っ掻き。
無闇に振り回す両手の拳を、大丈夫だと抱き締めてくれる火宮にぶつけ。
「っ、ごめんなさい。ごめっ、なさ…火宮さ…」
何度目かの狂気の波が去った後、俺はぼんやりと、目の前の火宮を見上げて唇を噛み締めた。
「大丈夫、大丈夫だ、翼。おまえは悪くない。何も悪くない」
だから謝るな、と髪を撫でてくれる手が優しくて、俺の目からは溢れる涙が止まらない。
「し、ばっ、て…。火宮さん。俺を縛っ、て…」
正気の今がチャンスだから。
もうこれ以上、あなたを傷だらけにするのは嫌だから。
どうかお願いだから。
「ククッ、おまえ自ら縛れとは。とうとうどMだと認める気になったか?」
ニヤリ、といつもみたいに。
意地悪くて妖しくて、とても艶やかな笑みを浮かべてみせる火宮に、また涙が溢れ出す。
「ばか…」
本当、馬鹿だよ、火宮さん。
「ククッ、戻ってきたら、今度は仕置きだったな。そのときになったら、思う存分、あっちもこっちも縛ってやるから、今は遠慮しておけ」
「あは、は。もう、何馬鹿なこと言って…」
「ナニだが」
「っ、ばかひみやぁ。そんな、脅されたら、俺」
冗談めかして言われるその言葉の、そのどれもが火宮の深い深い愛だと感じるから。
「ありがとうござい、ます」
ごめん、じゃなくて、ありがとう。
「ありがとっ…火宮さんっ」
あぁまた。また視界が霞む。
「っ、あ、あ、あ…」
あなたの笑顔を、優しい声音を、俺はいつまでも抱き締めていたいのに。
「翼」
「うあぁぁぁっ!」
「翼」
ぎゅぅ、と抱き締められた身体の痛みが、ずっとずっと残ればいい。
ーー翼。
ーーつばさ。
優しく耳に触れる、子守唄のような呼び声が、ずっとずっと聞こえていたらいい。
けれども俺の意識は、切なる願いに反して、ゆっくりとそのすべてが曖昧な世界に、ズブズブと呑み込まれていった。
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