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第403話

「っーー!」 ブスリ、と刺し直された点滴の針に、俺は声にならない悲鳴を上げて仰け反った。 結局あれから、抜けてしまった点滴の針を、ガミガミと医者に怒られながら、滅茶苦茶痛い手の甲に入れ直され。情事の後始末も済んでいない状態で、病室にやってきた真鍋にその状態を見咎められ。 剥き出しのお尻を10発も叩かれた。 そして今、ベッドの上にちょこんと正座させられ、火宮いわく小舅様のお説教をガミガミと食らっているところだ。 同罪で、一緒に怒られているはずの火宮は、俺のベッドに腰掛けて足を組み、ゆったりと鼻歌でも歌い出しそうな勢いでニヤニヤしている。 「…すっかり元に戻られたことは喜ばしいことですが、あなた方はもう少しですね…」 呆れ果てた視線と共に言われるお小言と、冷たさを極めたブリザードが吹き荒れる。 『っていうか、火宮さんだって同罪なのにずるい』 真鍋の目を盗んで、トンッ、と隣の火宮の脇腹を肘でつつく。 『ククッ、誘ったのはおまえだろう?』 ツン、とつつき返されて、ムッと唇が尖ってしまう。 『でもノッてきたのは火宮さんでしょう?』 『確かに乗ったがな』 「っ!だからすぐそういう下ネタをっ…」 ツンツンとつつき合って、ついうっかり大声で怒鳴ってしまってからハッとした。 やば…。 「翼さん」 「ヒッ…」 「それから会長も」 「ククッ、なんだ」 怖いぃぃー! 「その反省の欠片もないようなお態度…あなた方は」 「ひぃっ、ごっ、ごめんなさいっ」 「心配、したんです…」 不意にポツリと漏らされた真鍋の声に、きゅぅ、っと胸が切なく震えた。 「っ、ま、なべ、さん…」 そう、だよね。 俺はこの人にも、たくさん心配…。 「寝る間も惜しんで翼さんのお側についていたいとお望みの会長の代わりに、事後処理、仕事の代行、その他諸々の雑用をこなし。あなた方がなるべく共に過ごせるように、1日も早く翼さんの体調がお戻りになるようにと、裏で必死に尽力し、ひたすら翼さんの無事を祈り、本日もこうして、お着替えから会長の代行させていただいた書類の確認分をお持ちしたところで…」 え、これ、心配、だ、よね? 突然怒涛のように襲ってきた説教に、ヒクッと思わず頬が引き攣る。 「あなた方は何をなさっていました。人がこうも気遣って差し上げているそばでっ。あろうことか病室でなさっただけでは飽き足らず、治療のための点滴をお抜きになって。ただでさえ落ちている体力を、さらにみすみす落とすような真似をなさり…」 ひぃぃ、怒涛の説教が耳にガンガン響く。 『火宮さん、火宮さん、コレ、なんとかして下さい』 放っておいたら、このまま何時間も続きそうな説教に、ツンツンと火宮の袖を引く。 『クッ、よくひと息であんなに喋れるな』 『面白がっている場合じゃなくて』 「翼さん!会長!」 ひっ…。 またまたお説教の途中で、コソコソと内緒話をしていたのがバレて。 「もう一度折檻なさいましょうか?」 「っ!嫌だ。嫌ですっ」 だってまださっきお仕置きされたお尻が痛いのに! 「会長も。こちらの病室に、入室禁止で面会謝絶にいたしますよ!」 「クックックッ、それは困ったな」 そう言いながらも、まったく困った素ぶりのない火宮に、真鍋の目がますます冷たく尖っていき。 「まったく、あなた方は。なんなんですか…」 不意に、ふっ、と力をなくして、小さく落とされた真鍋の声が、じわり、と病室内の空気を揺らした。 「っ…」 ふわり、と、真鍋の顔に浮かんだ小さな小さな微笑みはとても珍しく。 苦笑とも微笑ともつかないそれは、何より雄弁に真鍋の心を語っていて。 「人の心配を…」 「っ…」 「ご無事のお戻り、何よりです」 「っ、真鍋さん…」 「相も変わらぬお姿…。お帰りなさいませっ…」 ぐっ、と言葉を詰まらせた真鍋が、スッと俯き頭を下げる。 「っ!」 それは、俺たちから何かを隠すような仕草にも見えて…。 「っ、あり、がと…。ありがとう、ござい、ますっ…」 この人は、この人なりに俺のことをとても案じくれていたんだ。火宮もろとも、とても。 頭を下げた真鍋の想いが痛いほどによく分かって、俺の視界は知らずとぼやけた。 「俺っ、俺はもう大丈夫です」 火宮がいて。あなたもいる。 そしてきっと、他にも池田さんや浜崎さんたち、たくさんの人も。 俺の身を案じて、俺の無事を祈ってくれて。 こんなにこんなに俺は思われている。 こんなにこんなに支えてくれる人がいる。 だから、俺は。 「大丈夫です。ありがとう」 ふわりと泣き笑いを浮かべてしまった俺の肩を、隣の火宮がそっと抱き寄せてくれた。

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