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第404話

その2日後。 薬が完全に抜けた俺は、退院し、真鍋が同乗する車で、火宮と共にマンションへ帰った。 スーッとスマートにマンション前に横付けされた車から、俺は何日かぶりにここへ降り立った。 「ふぁぁっ、帰ってきたー」 エントランス前で大きく伸びをしたら、火宮にポン、と頭を撫でられた。 「お帰り」 ふっ、と笑う火宮の目が柔らかい。 えへへ、となんだか幸せな気分になりながら、ゆっくりとエントランスに足を踏み入れた、その時。 「翼っ」 「え?藍くん…?」 エレベーターホールからタタッと、豊峰が駆け寄ってきた。 「っと、会長、お疲れ様です」 俺に駆け寄ろうとしてからハッとして、ペコリと深く頭を下げる豊峰の意味がわからない。 「あぁ」なんて慣れた様子で応じている火宮はもっと謎だった。 「あの…?」 俺1人、状況が掴めないで戸惑ったところに、スッと真鍋が寄ってきた。 「豊峰の若には、あの日より、蒼羽会預かりという形で、こちらで暮らしていただいております」 「え…?それってどういう」 「形式上はうちへの修行を兼ねた出向ということで。浜崎たち下のものと共に、生活していただいています」 それはつまり、弟子入りみたいなものなのか。 いまいちよく分からずに、ふらりと火宮を見上げたら、薄く目を細めた火宮がニヤリと笑った。 「形の上では、な」 「え?」 「そうでもしないと、一組長の大事な子息を、家からおいそれと引き離せない」 「っ…それは」 「おまえなら…あの時おまえに意識があったならきっと、おまえは豊峰を、あの親父の元には帰さないと言っただろう?…そう思ってな」 ハズレか?と笑う火宮に、俺はブンブンと首を振った。 「ククッ、だから、うち預かりという形で、こいつは今、うちで暮らさせている」 「っ、火宮さん」 「気が済むまで、ゆっくり考え、迷えばいい。こちらは、おまえらがおまえらの答えを出せるまで、いくらでも居場所は提供してやる。好きなだけ悩めばいいさ」 ガキども、と笑う火宮だけれど、それはとても大きな度量がなせる技で。 「ありがとうございます、会長。だから、翼、俺今、おまえん家の下に住ませてもらってんだ」 にかっ、と笑う豊峰は、見た目には屈託がなさそうで。 「そっか」 「一応形では、蒼羽会の一員みたいな形だからさ、本当はおまえにも敬語とか使わないとならないんだろうけど」 「え!やめてよ!」 「会長さんの好意で、それはいいことにしてもらってる」 へへっ、と笑う豊峰は、いつの間にか火宮たちにも大分馴染んでいるみたいだ。 「おまえはうち預かりの構成員と同時に、翼の友人だからな」 「本当に、ありがとうございます。お世話になっています」 スッと頭を下げる豊峰は、なんだかやけに大人びて見えた。 「クッ、そういうことだ。分かったら行くぞ」 「えっ、ちょっ、まだ俺、藍くんと話したいこといっぱいあるんですけど…」 「後にしろ。すぐ下にいるんだから、いつでも話せる」 ぐいっと腰を抱かれ、さっさとエレベーターの方へ引き摺られて行ってしまう。 「後って、だってまだお礼とか、あの後どうしたとか、俺は無事に元気になったとか…」 「すべて後だ。それに、見れば分かる」 「でもっ」 ズルズルとエレベーターホールに連れて行かれてしまう俺は、必死で後ろを振り返った。 「ふん。あまりうるさい口は、塞ぐぞ」 「っ!」 言われなくても、それが「口で」ということは分かって、俺は慌てて口を閉じた。 「クックックッ、なんだ、嫌なのか」 「っーー!藍くんの前でっ…」 なんてことを言うんだ。 カァッと顔を赤くしてしまいながら、俺は、苦笑して俺たちを見送っている豊峰から視線を戻して、指紋認証のエレベーターを操作している火宮を、ポカッと殴りつけた。 「痛いな」 「はぁっ?これくらい、痛いわけ…」 「恋人を殴りつけておいてその態度」 「ちょっ…」 ぐいっ、と捻り上げられた手に、嫌な予感しかしない。 「これは仕置きだな」 「っーー!」 ぐっと背中をエレベーターの扉に押し付けられ、もう片方の手で顎を掴まれる。 っ、嘘!藍くん見てるーっ! 身体を反転させられてしまったから、バッチリとエントランスの方に向いてしまった顔が、こちらをまだ見送っている豊峰と出会う。 「やっ、火宮さっ…」 いくら関係を知られていても、話に聞いているだけなのと、実際にキスシーンなんて見せてしまうのは別だ。 どうにか火宮から逃れたい一心で、俺が暴れた瞬間。 「うわぁっ!」 「クックックッ、ほら」 いきなり背中のドアが開き、俺は後ろに倒れるかという勢いで、ヨロヨロとエレベーターの中に入ってしまった。 そのままついてきた火宮がニヤリと笑い、今度はエレベーター内の壁に背中が押し付けられる。 「んっ…」 火宮の愉しげな唇が、俺のそれに覆い被さってきたその向こうで、扉がゆっくりと閉まっていく。 「ンッ、はっ…」 スッと最後の隙間が閉まる瞬間、ホールの向こうに、真鍋と、それに倣って頭を下げて俺たちを見送る、豊峰のつむじが見えた。

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