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第405話

「っーー!もう、バカ。バカ。バカ火宮っ」 エレベーターが最上階につく頃には、すっかり全身から力が抜け、腰も砕けた俺は、火宮にへにゃりと寄りかかって、文句を垂れていた。 「クックックッ、だから、そういう暴言の仕置きだと…。まったく懲りないな」 「っ、だって、絶対見られた。藍くん見てた」 頭を下げて見ない振りはしてくれていたけど、多分あの一瞬前には、バッチリ俺がキスされるところが見えていたはずだ。 「もう恥ずかしくて顔合わせられない」 むぅ、と口を尖らせた俺を、ククッと可笑しそうに火宮が見下ろしてくる。 「ほら」 フロアまでたどり着いたエレベーターの、開いた扉を片手で押さえて、火宮が下りろと促してくる。 「うー」 ただでさえ、火宮に寄りかかっていなければ立っていられないものを、歩けるわけがない。 「なんだ」 下りないのか?とニヤニヤしている火宮は、本当に意地悪だ。 「っ、抱っこ!」 ムカつくから、ツンとそっぽを向いて、つっけんどんに言い放ってやる。 「ん?」 「っーー!抱っこ!抱いて部屋まで運んで下さい!」 そもそも、火宮さんのせいなんだから。 それくらいの我儘聞いてよね。 怒鳴る勢いで叫んだら、クックッと喉を鳴らした火宮が、姫にかしずくナイトのような仕草でその場に片膝をつき、ニヤリと俺を見上げて笑った。 「仰せのままに、奥さん」 「っーー!俺は女じゃないっ!っていうか、お姫様抱っこしてなんて言ってないっ」 ひょい、と軽々身体を横抱きにされ、俺はカァッと頬を熱くする。 「ククッ、暴れると落とすぞ」 「っ、やだ」 明らかな脅し文句に、思わずピタリと抵抗をやめてしまったら、何故か火宮の動きも止まった。 「ふっ、軽くなってしまったな…」 不意にポツリと呟いた火宮が、切なく笑う。 「っ…だい、じょうぶ、ですよ!」 「翼?」 「俺はっ…まだ、成長期ですもんっ。もりもり食べて、すぐにっ…取り戻し…」 だから、そんな辛い顔しないで下さい。 「翼…」 「ねっ?俺なら、大丈夫ですから」 ぎゅぅ、と火宮の首に腕を回して、顔を埋めて必死で伝える。 震える唇をぐっと噛み締めたら、火宮がクックッと笑って身体を揺らした。 「そうだな。美味いものをたくさん食べて、体力も体重も元に戻してもらわないとな」 「火宮さん?」 「これじゃぁ抱き心地が悪くてたまらん。セックスの途中でへばられても面白くないしな」 「なっ…」 この人はもう! 「だからすぐそういう下ネタっ…」 まぁだけど、それが火宮さんなんだよね。 しんみり湿った空気なんて似合わない。 「クックッ、好きだろう?」 「好きじゃないっ。このエロおやじ…」 あ、やば。 久々につるんと口が綺麗に滑った。 「ほぉぉ?せっかく、あのクズに媚を売った件、不問に付してやろうと思っていたが」 「っ…」 「これはやはり1度じっくりと、躾直す必要がありそうだな」 ぎゃぁ! がぶりと耳に噛み付かれ、腰にくる低い声で囁かれたから堪らない。 思わずブルリと身体が震えた。 「っーー!ごめんなさいっ」 「まぁそう遠慮するな」 あぁ言葉が通じない火宮様。 ニヤリ、と楽しげに笑った、いつも通りの…いや、いつも通り過ぎる火宮が、俺を抱いたままゆったりと玄関をくぐっていった。

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