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第406話※

「ひっ、やだやだ、嫌!」 室内に運ばれて、リビングのソファに下ろされた俺の目の前に、火宮がプランと卵型の小さな玩具を揺らして見せた。 「謝るからっ、ごめんなさい。暴言とかアレとかソレとか…反省してますっ」 ぐいっ、と容赦なくソファにうつ伏せで押さえつけられて、俺は完全にテンパっていた。 「ククッ、自分で何を謝っているのか分かっていないような謝罪になんの意味がある。まぁ安心しろ、今日は遠隔操作できないタイプだから、動かさないでやる」 火宮が手にしたローターには、確かにスイッチらしいものが、コードでプランと繋がっているけど。 「むしろ挿れないで」 「それは聞けないお願いだな」 ククッ、と喉を鳴らした火宮が、ずるっとズボンを引き下ろす。 ヒヤリとお尻が空気に触れて、俺はゾクリと身を震わせた。 「アッー、やぁっ」 たらー、とローションだろう、冷たい液体が蕾に落とされる。 「ひぅっ…」 一瞬だけクチュッと指が軽く差し込まれ、すぐにピタリとローターのものらしき無機物が触れた。 「あっ、あぁっ…」 ぐ、と力を込められれば、小さいそれはツルンと簡単にナカに収まってしまう。 動かされはしない。前立腺にも当てられていない。 だけどナカの異物感は確実にあって。 「やだぁ」 「嫌だから仕置きだろう?ほら、ズボンを履いていいぞ」 ニヤリ、と愉しげに頬を持ち上げた火宮が、ローターから伸びるコードを綺麗にまとめ、俺の太腿にバンドみたいなもので止めてしまった。 「っ…、まさか挿れっぱなしにしてろってこと…?」 「ご明察」 賢いな、と頭をポンポン撫でられても、ちっとも嬉しくない。 「いつまで」 「俺がいいと言うまで」 「っ…」 その許可が下りるまで、俺はずっとこんなものを飲み込んでいないといけないのか。 「ほら。いつまでも尻を晒していると、ぶつぞ」 言いながら、すでにペチンとお尻を叩いている火宮にハッとする。 俺はこれ以上余計なことをされてはたまらないと、慌ててズリズリとズボンと下着を引き上げた。 「っ…」 サイズは小さいものの、ナカの異物感は誤魔化せない。 不快で不愉快で、俺はそのままソファにうつ伏せたまま、バッタリと伸びていた。 「クックックッ、それくらいのものでは、別に気にならないだろう?」 「はぁっ?気になりますよ!」 いくら小さくても、体内に異物があるんだ。 ムッとしながら顔だけ上げて火宮を見たら、ゆったりと斜め向かいのソファに腰掛けて、ニヤリとこちらを見て笑っていた。 「あー、もう、本当、どS」 「クックックッ、どM」 「だから俺はMじゃないですっ」 「懐かしいな」 この会話、と笑う火宮は、そんな風に言うほど昔のことでもないはずのやり取りなのに。 「っ…ねぇ、火宮さん」 「なんだ」 「ただいま、です」 そういえばまだちゃんと言っていなかったから。 「翼」 「はい?」 「おかえり」 改まって答えてくれた火宮の声色が、なんだか照れ臭くて。 「そ、そう言えば藍くんっ」 「豊峰?」 「まさか火宮さんが保護してくれてるなんて」 意外も意外。火宮なら、よその家のゴタゴタした事情など、俺には関係ない、とバッサリ切り捨てるタイプだと思っていたのに。 「ふん。おまえが身を張ってまで守ろうとした相手じゃなきゃ、誰が」 「っ!」 「あのまま豊峰をあの親父の元に帰して、そうしたらあいつはどうなる?」 っ、それはきっと多分、豊峰は以前の豊峰に戻ってしまい、いや、それより更に悪い状態になるのは目に見えていて…。 「っ!まさか…」 「おまえが1度は掬い上げた小僧の心。それがまた潰れてしまったら、おまえはまた傷つきに行く。そうだろう?」 っ、この人は…。 なんでこの人は、いつだって俺のことを、1ミリも間違わずに理解するんだろう。 「おまえはあの親父に憤り、小僧と共に深く傷つき、余計な苦しみを背負い込む」 っ、なんで。 なんでそう、なにもかもお見通しなんだ。 「俺は、誰であろうとおまえに瑕疵を残す者を許さん」 「っ…」 「おまえに爪痕を残していいのは、よくも悪くも俺だけだ」 あぁ。 あぁ全力の独占欲。そうか。 もう、頭がおかしいんじゃないかと思うほど、この人の独占欲と嫉妬は強くて。 「それを、俺も」 俺も、それが滅茶苦茶嬉しいと感じるんだから、頭がおかしいのは同じか。 「クッ、俺は、俺のためだけに、小僧にあの親父と戦う準備をするための猶予を与えてやったに過ぎない」 「っ…」 それはひいては俺のためで。 「俺はな、翼。ほんの少しでも、おまえが別の誰かを思い、憂う時間を持つのが許せないんだ」 「それは…」 「あのまま豊峰が家に戻ったと言ったら、おまえはこうして俺といる時間も、豊峰のことを考え、心配するだろう?」 それは。 「俺はな、それにすら、嫉妬するんだ」 「っ…ひ、みや、さん」 「おまえが強く優しく、友人思いなのを好ましいと思う反面、俺以外の誰かに心を砕き、俺以外の誰かに力を貸すおまえを、憎らしいとも思う」 っ、火宮さん…。 「だからせめて、俺のお膳立て1つでも。おまえらの中に一石投じたいだけだ」 「火宮さん…」 「そんな狂気じみた俺のエゴだ。怖いか?苦しいか?」 その束縛が窮屈すぎて、俺の首は締まってる? 「ふふ、うふふふ…」 あぁどうしよう。 ニヤニヤと緩んでしまう顔が止められない。 「翼?」 あぁそうだ。 これが火宮。 誰より何より全力で、俺のことを愛しちゃってる。 「ふふ」 苦しいわけがない。 嬉しすぎてどうにかなりそうなくらいだ。 「大好きですよ、火宮さん」 だってあなたのエゴはすべて、俺のためになっている。 ピタリと重なる互いのピース。 そんなぴったりのパートナーに出会えた幸せ。 「ンッ…」 ごそりと思わず身動いだら、不意に後ろの玩具の存在を思い出してしまった。 「っ…」 真面目な話をしていたはずなのに。 あぁもう本当、これさえなければ完璧なのに。 「どS…」 「ククッ、だから、おまえがMだと認めれば、それもぴったりになるだろう?」 「んべ。それだけは絶対にありえませんー」 ぎゅぅ、と目の前にあったクッションを抱き締め、俺はバタバタと足を跳ね上げた。

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