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第407話

「ところで、翼。学校だがな」 「あー、かなり欠席しちゃってますよね」 拉致られた日から数えたら、何日になるんだろう。 「うわー、勉強、ついていけるかな」 少なくとも1週間は行けていない。 なかなかの進学校、授業の進度が早いんだよね。 「ククッ、おまえは、真っ先にそっちの心配か」 「え?だってもうすぐ期末テストですよ。どうせまた、上位じゃなければ、怒りますよね…」 あの鬼様が。 「ククッ、俺は特に、おまえが希望の進学先に行けるような成績をキープしていればいいと思うんだがな」 「でもアノヒトは、会長のお名前が!あなたの振る舞いがすべて会長への評価に!って、こう、ひゅぉーっ、て冷凍庫みたいな冷気を出して睨むでしょう?」 怖い、怖い、と、足をパタパタさせたら、プッ、と珍しく、火宮が吹いた。 「冷凍庫か」 「そうですよ。あれに晒されると、カチンコチンに凍ってしまうんですからね」 「真鍋は雪女か」 「あははっ、雪女!本当に」 これまたこんな会話を聞かれたら、それこそ冷たい冷たい冷気に晒されること間違いなしなんだけど。 幸いここに本人はいない。 「っ、いない、ですよね?」 不意に、俺にとっては神出鬼没のけがある幹部様のことを思い出し、恐る恐る後ろを振り返ってみた。 「はぁぁぁっ、いるわけありませんよね」 「ククッ、そうそういてたまるか」 小舅が、と笑う火宮にホッとする。 「よかった。だって真鍋さん、なーんかタイミングが…」 え。 言っている側から、いきなり火宮の胸ポケットで、ピリリとスマホが鳴り響いた。 「っ!」 取り出して画面を眺めた火宮が、ニヤリと笑ってそのディスプレイ表示を見せてくる。 「真鍋っ…」 「なんだ」 唖然となった俺の目の前で、火宮がニヤリとしたまま電話に出た。 「ククッ、あぁそうか。分かった、それでいい。…ん?いや別に。クックックッ、気になるなら今度翼にでも聞いてみろ」 ちょっ、ちょっ、ちょっ、火宮さんっ? 真鍋の声は聞こえないから、なんの会話をしているのかは分からない。だけど多分火宮の言葉は、火宮の声が笑っていることを問われたのだろうと想像がついて。 『う、裏切り者ーっ』 こっちで涙目になりながら、小声で囁いたら、それはそれは楽しそうな火宮の、唇の端がゆるりと吊り上がった。 この人は…。 『どS。意地悪。バカ火宮!』 ムゥッ、と唇を尖らせて、精一杯の悪態をついてやる。 後ろに玩具を入れられたままだから、つい小声になってしまうのは情け無いけど。 「クックックッ、そうことだ。あぁ。俺はその翼の仕置きがあるからな。切るぞ。あぁ、分かっている。あー、はいはい、うるさいな」 チラリ、とこちらを見ながら、最後は面倒くさそうに眉をひそめて、プツンと電話を切る。 「で、翼?」 「っひ…」 「まったく、おまえは。仕置き中だという自覚はあるのか?」 「っーー!だって火宮さんが!」 意地悪ばかり言うのが悪いのに。 「クッ、まぁいい。おまえの家庭教師だがな、また明日から再開するそうだ」 「はぃぃ?」 いきなりまた突然だな。 「休んでいた分の勉強、不安なんだろう?」 「それはそうですけど」 「あの小舅、先回りしてその提案だ。スケジュール調整が終わったから、明日から毎日付き合える、だとさ」 「え…」 これはいよいよ、本当にどこかに盗聴器でもあるんじゃ…。 あまりにタイムリーな話題すぎてゾッとする。 「ククッ、できる男だろう?惚れるなよ」 「いや、出来すぎて怖いですから」 惚れるどころか、恐れ慄く。 「ふっ、まぁ連絡はそれだけではなくて、浜崎のこともだ」 「浜崎さん?」 「あぁ。おまえはいきなり勉強の心配をしたが、俺は、校内で拉致などという目に遭って、もう怖くて行きたくないとでも言い出すかと思っていたからな」 「あー」 それもそうか。学校内って、どこか安全だと思っていたんだよね。 「だから、謹慎を解くついでに、あいつを護衛に戻して、学校へも潜入させようと」 「え?学校にもって…」 「学生として、というのは、さすがに無理があるからな」 年齢的にも、頭脳的にも、と笑う火宮は人が悪い。 「頭脳って」 「馬鹿、とまでは言わないが、勉強が得意とは言い難い。あの学校の編入生がどれほど珍しく、優秀かは、おまえが1番よく知っているだろう?」 「あは」 遠回しに褒めてます? テレッと照れたら、火宮の目がスゥッと細くなった。 「だから浜崎には、用務員のような形で校内に入ってもらう」 「用務員さん…」 「校内を自由に動き回り、フラフラとおまえの側にいるには好都合だろう」 でも学校側がそんな許可…。 「ククッ、向こうは、あんなクズを校内に招き入れてしまった落ち度があるんだ。こちらがそれを騒ぎ立てない代わりに、どんな条件も飲まないわけにはいかない。それに元々顔が利くと言っていただろう?」 「はい…」 「だから問題ない。目立って護衛のような振る舞いはさせないから安心しろ。ただ、いつもさり気なくおまえの安全を確保できる距離にはいる」 そちらも安心しろ、と言う火宮は、本当に俺を大事にしてくれて。 「ありがとうございます」 「ククッ、俺の安心のためだ。おまえには窮屈で悪い」 「っ、いえ!」 浜崎さんがずっと側にいてくれるというのは、本当に心強いよ。 平気なつもりではいるけれど、実は校内で怖い目に遭ったのは2回目だ。 さすがに怯む。 「あ、でも、余計な告げ口はナシ、の方向でお願いします」 学校生活のあれこれを、スパイまがいに報告されまくったらたまらない。 「ククッ、まぁ浜崎の判断に任せよう」 強要はしないって…。 「しなくても浜崎さんは、何でもかんでも言っちゃうじゃないですか」 火宮と真鍋の前に出たらひとたまりもない。 「そのときはそのときで諦めろ。そもそも、おまえがバラされて困るような悪事を働かなければいい」 「それはそうですけど…」 「ククッ、まぁそういうことだ。分かったら、食事にでも行くか」 作る気はないだろう?って、それはまぁ。 「はい」 「おまえの快気祝いに、食事会にでもするか」 「え?」 「真鍋と池田も誘ってやろう」 あぁ、心配してくれていたから。 確かに、元気にモリモリ食べる姿を見せてあげたいかな。 「豊峰も連れて行ってやろうか?」 「え!いいんですか?」 「特別扱いはあいつのために悪いが…浜崎と、部屋付きの数人も連れていけばいいだろう」 向こうは向こうで親睦会だ、と笑う火宮に、思い切り頷いてしまう。 「はい!」 「では迎えを呼ぶか」 「はい。あのじゃぁ…」 ローター…。 「ん?どうかしたか?」 「っ!」 まさか。 その悪ぅい顔…。 「ほら、起きて行くぞ」 「っーー!」 このどS、バカ火宮!意地悪鬼悪魔ーっ! 火宮の魂胆が分かった俺の、反省の欠片もない暴言が、室内中に響き渡ったのは言うまでもない。

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