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第408話

「うーっ」 出される料理は美味しい。 お店も俺が気疲れしない程度には、カジュアルな感じで、高級店過ぎないのもいい。 だけどただ、結局後ろから取り出してもらえなかった玩具の存在が、俺の気分を低下させていた。 「翼さん?お料理、お口に合いませんでしたか?」 心配そう…というわけではなく、相変わらず何を考えているのか分からない無表情で、俺の唸り声を聞き咎めたのは、どうやらこの店をチョイスし、予約してくれたらしい真鍋で。 「えっ?いえ、そんなことないです。とても美味しいですよ」 慌ててにこりと微笑んで、パクッとなんちゃらの肉巻きとやらを口に入れた俺に、真鍋の「そうですか」という小さな声が聞こえた。 「ククッ、こいつが難しい顔をしている理由は気にしなくていい」 「っ、火宮さんっ?」 「クックックッ、別に料理や店が不満なのでも、体調が悪いわけでもないからな」 「っーー!」 その理由を知る火宮が、心底楽しそうに口を挟んできたのがムカつく。 それに続いて、「あぁなるほど」なんて真鍋が勝手に納得しているのが気に食わない。 「んもう!なんなんですか、あなたたちはっ!」 どSとどクール。なんで俺だけ、こんな曲者2人と同じ席なんだ。 別のテーブルでは、豊峰や浜崎たち下っ端と、何故か逃げたらしい池田が、楽しそうにワイワイと雑談をしながら食事をしているのが見える。 「俺もあっちがいい」 「ふん、馬鹿言え。俺のパートナーが部下どもと同席出来るか」 「う、だってそれくらい…。何も会長サマと幹部サマまで同席しろとは言わないからさ…」 火宮たちが立場上、下の人たちと同席できない理由は分かる。だけど俺だけみんなの方に行くくらい、いいじゃないか。 「ふぅん?なんだおまえは、俺と同じテーブルで食事をするよりも、あいつらと一緒に食べる方がいいというのか」 「っーー!」 あ、やばい。 地雷踏んだ、これ。 「ん?翼?」 「っ、いいえ!火宮会長様とご一緒出来るなんて、光栄ですー」 こうなればヤケだ。 にこぉっ、と完全に作り物の笑顔を浮かべ、これでもかというほど嫌味ったらしく言ってやったら、向かいで思わずといったように、真鍋がふっと笑った。 「え…」 呆然と目が見開いてしまう。 その時にはもう、真鍋の顔は恐ろしいほどの無表情に戻っていて。 「あれ?錯覚?」 「クックックッ、本当に、おまえはな。飽きさせないだろう?真鍋」 ニヤリ、と笑った火宮の目が、真鍋に移る。 「まぁ、掘り下げ続ける墓穴がどこまで行くのか、興味深くはありますが」 「ぼけっ…」 「盗るなよ?」 「残念ながら好みではありません」 こ、の、2人はぁぁぁっ。 俺ってば完全に遊ばれている。 今日は俺の快気祝いではなかったのか。 ムッとなって、目の前の皿に乗ったローストビーフを、ガーっとフォークで掬い上げ、これでもかというほど大人食いしてやる。 「んっ。何これ、うまっ!」 牛特有の臭みがなく、驚くほどに柔らかい。じわりと染み出してくる旨味に、思わず頬を緩めてしまった瞬間。それこそ火宮と真鍋が肩を震わせた。 「え?え?」 「まったくおまえは…」 「敵いませんね」 なんなんだ? 俺、何かおかしなことをしたのだろうか。 くせになってしまったローストビーフを、今度は丁寧に1枚だけ取り上げて口に運ぶ。 「んーっ、うま」 幸せー、とうっとりしながら、向こうのテーブルにも教えてあげようと横を向いた俺は。 「へ?」 池田以下、浜崎たち部下たちが、みんなこちらのテーブルを注視して、ポロポロと箸から料理を取りこぼしている姿を見つけた。 「あの…?」 こっちのテーブルがどうかしたのだろうか。 豊峰だけが、キョトンとして、バクバクと串焼きを食べている。 「あっ、あれも美味しそう」 豊峰の串に興味をそそられて、指差しながら火宮を振り返ろうとした一瞬。 ハッとした池田たちが、慌てたようにパッ、パッと視線を逸らして、ぎこちなく食事を再開し始めた。 「………?」 「クックックッ、なんでも好きなものを頼め」 再び肩を揺らした火宮の意味は、よく分からなかった。

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