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第409話

「それにしても、よくお食べになりますね」 見ているこちらが胸焼けしそうです、と苦笑しながら、優雅にワインを傾けている真鍋を振り仰ぐ。 「真鍋さんは全然食べてないじゃないですか」 なんかサラダとか、トマトに白いチーズと葉っぱが乗った、なんとかっていうお洒落な名前の料理とか。 さっきから真鍋は、そんなお腹にたまらなそうなものばかりを食べている気がする。 「そうですか?十分いただいておりますが」 「えー。あっ、これとか!すっごく美味しかったですよ?」 苦手でなければどうかと、ズイッと皿を真鍋の方へ押し出した瞬間。 「おい」 「へっ?」 「おまえが世話を焼く相手は、真鍋じゃないだろう?」 「………」 この人は…。 どこの子供だ、というほどのヤキモチ発言に、思わず胡乱な目も向いてしまう。 「これがヤクザのトップですもんねー」 俺の前にいる火宮は、とてもそう思えないことの方が多い。 「まぁ翼さんの前ですと、会長はとてもリラックスなされていますからね」 「あは。そうだと嬉しいですけど…でも、ヤクザな火宮さんは…」 聞こうかな、どうしようかな、とずっと迷っていた問いを、俺はこの際、思い切って尋ねてみることにした。 「あの人のこと…」 やっぱり殺してしまったのだろうか。 ぎゅっ、とフォークを握り締めて、ジッと火宮を見る。 緊張に、胸がドキドキと鳴る。 「ふっ、真鍋に聞け」 「え?」 「そいつが隠してしまったからな」 ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らして、火宮がゆったりと酒のグラスを傾けた。 「か、くした…?」 「お約束ですので」 小さくポツリと呟いた真鍋が、そのまま静かに目を伏せた。 「っ、それはどういう…」 2人だけで分かり合っているようなその空気に、俺だけ置いてけぼりだ。 「真鍋さんっ」 「私は、会長の影である、と、昔誓いましたので」 「っ、それって…」 つまりは真鍋が、あの人を火宮から奪い去り、どこかで始末をつけたということなのだろうか。 「どう…」 「それは、あなたがお知りになる必要のないことです」 静かに紡いで、口を閉じた真鍋は、それ以上語るつもりはないようだった。 「復讐などはくだらない」 不意に、淡々とした火宮の声が落ちた。 「っ、火宮さん…」 「くだらないんだ」 ふっ、と遠い目をする火宮の周りは、いつだって深い深い闇色をしている。 「そうですね…」 あの人もきっと、復讐なんかを考えたせいで、恐ろしい制裁の後に死んでいったのだろうな、とぼんやりと思う。 「俺は…」 「翼?」 「俺もいつか、そんな風に、憎くて憎くてたまらない相手と出会って、復讐に心を燃やしてしまうことが、あるんでしょうか」 もしも、もしも1番大切なもの。 1番大切な場所。 それを穢され、踏みにじられることがあったなら。 俺もかつての火宮や真鍋、先日の本城のように、自分で自分を止められないほどの憎しみに駆られ、復讐に走ってしまうのだろうか。 ゾクリと震えた身体を、無意識に抱き締めてしまう。 「ククッ、おまえはきっと、堕ちないよ」 「っ…でも」 「クッ、俺がおまえのどこに惚れたと思っている」 「え…?」 火宮さんが、俺の…? 「強さだ」 っ…。 そうだ、この人。 何度も何度も俺のことをそう評していた。 「おまえは強い」 「っ…」 「おまえは、両親を死に追いやり、おまえ自身の命すら追い詰めたやつらを、恨んだか?」 「え、いえ…」 「おまえは以前、俺を撃って死なせかけた犯人を、1度でも憎いと思ったか?」 「っ、そ、ういえば…」 答えは、ノー、だ。 「クッ、おまえは、自分の苦しみの責任を、決して他人に押し付けることがない」 「っ…」 「自分の痛みを自分の中で消化でき、その苦痛から逃れるための矛先を、他人に向けることは、決してしない」 「火宮さん…」 「おまえは強い。強くて眩しくて…だからおまえは絶対に、復讐などに手を染めることはない」 真っ直ぐ信じてくれる火宮の言葉に。 向かいで目を細めて微かに頷く真鍋の仕草に。 俺はどっと安堵して、なんだかホッと力が抜けた。 「そ、うで、すか…。あなたの言葉なら」 信じられる。 はぁぁっ、と脱力して、いつの間にか乗り出してしまっていた身体を椅子に深く沈めたら…。 「っ…ンッ」 やばっ。 玩具が…。 ぐりっ、とナカで動いてしまったローターが、ゴリッと前立腺に当たってしまった。 「んっ、ふ…」 忘れてたーーっ! むくりと頭をもたげた中心に、冷や汗がダラダラと流れてくる。必死に意識を逸らそうと、フラフラと視線を彷徨わせた俺は。 『ん?なんか翼がエロい。あいつあんなに色気があった…むぐ』 『豊峰の若でも、その発言はまずい』 『シーッ、シーッ、シーッ!それは思っても絶対に口にしたらいけないっすよ!』 何か別のこと、と思ったら、向こうのテーブルのバタバタした様子が思い切り見えてしまって。 なにしてるの…。 豊峰は、何故か池田に頬張り切れないほどのパンを口いっぱいに押し込まれているし。浜崎は、口の前に人差し指を立ててワタワタともう片方の手を振り回している。 「楽しそ。…っ、は、んっ」 せっかく意識が逸れたかと思った瞬間、思わず笑ってしまったせいで、きゅんと括約筋を締めてしまった。 「や、ば…あ、やぁぁ…」 あぁ駄目だ。これ、駄目なやつ…。 ゾクッと湧いた快感に、このままでは向こうのテーブルの人たちにもバレると焦る。 とにかく堪えなくちゃ、と、ぎゅっとフォークを握って、快感をはぐらかそうと俯きかけた俺の目の前で。 火宮の口元がニヤリとゆっくり弧を描いていく。 「っ…」 「ククッ、翼。許しを請え」 「っ、ひ、みや、さ…」 あぁ、その勝ち誇ったサディスティックな顔。 「そいつらに知れる前に助けて欲しければ、俺に強請れ」 「っ、ぁ…」 「この場で、あのクズにしたように、俺に媚び、俺を誘ってみせろ」 「なっ…」 チラリ、と向こうのテーブルに視線を流しながら、なんていう要求をしてくるのだ、と思って、そちらの面子をよく見てみれば…。 「っ!」 だから、もう、あなたは…。 今日この場に来ている部下さんたちは、あの時に救出に来てくれた構成員の人たちと、豊峰で。つまりはあの状況を見ていたメンバーなんだ。 「あ、っ、はははは…」 そうか。そういうことか。 俺が本城に媚びて誘いをかけたあの姿とその記憶、火宮のそれと塗り替えたいわけか。 「まったくもう…」 本当、どんだけの独占欲。 「翼?」 ニヤリ、と、俺を支配することが、楽しくて愉しくて仕方がないと言わんばかりの、絶対的勝者の笑み。 「刃」 に、ぃっ、と頬を持ち上げて、フォークをテーブルに置いて、ゆっくりと立ち上がった俺は…。

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