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第428話

ーーーーーーーーーーーーーー 「悔しかった。あの時の僕は、ただ藍があの場で見つかって、組員の人に引きずり戻されていくのを、ただ見送るしかできなかった」 「紫藤くん…」 「藍が破り捨てた夢の破片を、ひたすら拾い集めて、せめてもと貼り合わせて、元に戻れと願うことしかできなかった」 けれど豊峰の心が受けた大きな傷は、テープなんかじゃ貼り合わせられなくて。 ヤクザとは相容れない警察組織の幹部の息子の紫藤には、豊峰に近づくことすら許されていなかった。 「あの後、和泉と会ってたことが告げ口されて、死ぬほど説教と、尻を叩かれたっけ」 「僕も。そちらサンがうちの親にも、藍に近づかせるな、なんて忠告を送って来てくれたおかげで。藍に会ったことがバレて、食事抜きの外出禁止。さすがに翌日からはご飯をもらえたけれど、3日間は外出どころか、部屋から出してもらえなかった」 酷い目に遭ったな、と笑う豊峰は、今、屈託無く「笑って」いる。 「そうだね。だから今、藍があの夢を、再び取り戻そうとしてくれるのが、とても嬉しい」 今度は僕も力になれる。 藍を掬い上げてあげることができるから、と微笑む紫藤が、鮮やかに笑う。 「2人は…」 ずっと待っていたのか。豊峰が再びその目に力を取り戻し、自分の足で立ち上がろうとするのを、紫藤は。 ずっと微睡んでいたんだ。父親に夢や意志をへし折られ、立ち上がる気力もない絶望の中で、目覚めるのを、豊峰は。 「今度は負けねぇよ」 「僕も全力で支える」 ジッと力強い視線を絡め合う2人が、眩しくて。 「っ、俺もっ!俺も手伝うんだから!」 これだけの味方がいるんだ。きっと豊峰は大丈夫。 「さんきゅ…。だから、俺はまず勉強だ。上の学校に行く学力をつけて、俺は俺の夢を自力で掴めに行けると証明する」 「それで家庭教師かー。僕でも勉強くらい教えてあげられるのに」 面白くない、と呟く紫藤が、チラリと俺に視線を向ける。 「でもほら、医大を目指しているようなやつを教えられるほどの実力者なんだぜ、翼ンところの幹部サマ」 「医大?え、火宮くん、医者になるの?」 「うん」 キョトン、と目を見開く紫藤の反応は、一体どういう意味か。 「そっかぁ。医者かー」 「な、なに」 「そういや、和泉。おまえのなりたいものってなんだよ。俺、聞いたことねぇぞ」 「そうだっけ?」 にこりと笑う紫藤の顔が、非常に嘘くさい。 「なんかズルくね?俺は建築家で、翼は医者。俺らのなりたいものは知ってるくせに、おまえだけ言わねぇのって」 「んー、それはねぇ?」 ふふ、と笑う紫藤は、何を隠しているのだろう。 含みのある目が怪しすぎる。 「もしかして未定とか?」 「いや、決まっているよ」 「じゃぁ教えろよ。まさか、実は警察幹部?」 「まさか。でも」 内緒にしときたいんだけどね、と笑う紫藤に、逆に興味が引かれてしまう。 「じゃぁもったいぶらずに言えよ」 「言っても引かない?」 「なに。引くような職業なの?」 まさか、総理大臣やスーパーマンなどと、ドン引きの答えは言い出すまい、と豊峰は笑う。 「まぁ、難易度から言ったら近いかな」 「はぁっ?なんだよそれ…」 「ふふ、極道」 「は?」 もったいつけた割には、さらりと白状した紫藤の言葉に、豊峰がピシッとフリーズした。 「あの、紫藤くん?極道って、まさか」 「うん。僕は豊峰組に入って、豊峰の組長になる。藍んち組を、乗っ取ってやろうと思っているよ」 「はぁぁぁぁっ?」 何言って…と、目をまん丸にした豊峰に、紫藤はそれはそれは鮮やかに笑った。 「おまっ、それこそ、おまえんち親が卒倒…」 「ふふ、それもあるしね」 「な…えぇぇっ?」 「そもそも、今どき世襲なんていうのも古いんじゃない?今はそうじゃない組の方が多いでしょ?」 「でも…」 「僕はね、高校を出たらすぐに藍ん家の門を叩いて、組に入れてもらうように交渉するつもりでいるよ。大丈夫、ちゃんと策は練ってあるから」 ふふ、と微笑む紫藤が黒い。 「そして当然、下っ端で終わるつもりなんてない。僕はもちろん幹部クラスへ登る。そして狙うは若頭。最終的に組長になって、僕は豊峰組のトップに立つ」 すごいでしょ、と笑う紫藤に、呆気にとられた豊峰が固まる。 「ふふ、火宮くんとは、いずれご同業繋がりの仲間になるね。あっ、なんならうちの闇医者も兼ねてくれていいよ」 雇おうか?と笑う紫藤には、すでに語った夢物語は明確なビジョンに見えているようで。 「やるからには僕は、上を目指すよ。いつかはきっと、蒼羽会も追い抜いて、七重の上にも食い込むほど、ご立派な極道の親分になってやるつもりだから」 ギラリと欲を滲ませる紫藤は、確かに頭も良ければ性格もよろしいようで。 「すごいね」 「まぁね」 さらりと言い放つ紫藤には、尊敬しか浮かばない。 「っ、そんなのっ…。おまえは、和泉は、本当に極道になんか、なりてぇと思ってんのかよっ!」 わけがわかんねぇよ、と豊峰は叫ぶ。 「もちろん。僕がなりたいから目指しているんだよ」 にっこりと笑って言い切る紫藤は、本当に強かだと思った。 「極道に」じゃないね。紫藤くんのなりたいものは、「藍のナイト」だ。 こんなに前向きにヤクザを目指す人もいるんだな。 豊峰に組を継がせないためだけに、自分がその座自体を奪い去ってしまうなんて…。 思わずジッと紫藤を見つめてしまったら、シィーッと人差し指を立てて、笑ってウインクを飛ばされた。 「っ、おまえはいつも、昔からっ…」 何考えてんのか、さっぱりわかんねーんだよっ、と、くしゃくしゃに顔を歪めた豊峰が、ポコンと紫藤の肩に拳をぶつけた。

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