446 / 719

第446話

「………」 1秒、2秒、3秒…。 「………」 4秒、5秒、6秒…。 シーンと静まり返った、張り詰めた空気が場を満たす。 「っ…なに、黙ってるんだよ…」 言葉を返さない父親に、痺れを切らした、豊峰の声だった。 「っ、言え、ねぇ、のかよ…」 「藍」 「それが答えなのかよっ…」 「藍っ!」 「クソッタレ!分かってた。あぁ、分かってたよ!あんたは組が大事だ。実の息子の俺よりもっ、組の方がずっと大事なんだっ…」 ダンッ、とテーブルに拳を落とした豊峰が、ぎゅぅ、と唇を噛み締めながらクシャクシャに顔を歪ませた。 「あぁ分かってたさ。あんたの1番はいつだって組で。組を守ることだけがあんたのすべてで。そのためなら、俺の希望や意志なんて、ないも同然で…」 分かってた、と呟豊峰が、ぎゅぅと拳を握り締め、小さく肩を震わせた。 「藍くん…」 あまりのその悲痛な叫びに、俺はチラリと豊峰組長の様子を窺った。 組長は、黙って深く、長く、息を吐く。 息を吐きながら、豊峰組長は、ゆっくり深く瞬きをした。 「そうだ」 っ! な、に、言ってるの、この人…。 あまりの衝撃の一言に、俺は飛び出すことも忘れて固まった。 それは豊峰も同じだったようで、ヒュッと短く息を吸い込んだまま、ピシリと動きを止めている。 「そうだ。俺は組が何より大事だ。この組を守ることが、この組に未来をもたらすことが、俺のすべてだ」 「っ…親父…」 「それをおまえは、我を通して踏み潰すつもりだと言う」 はっ、と吐息を漏らす豊峰組長の言葉に、豊峰の目がギラリと憎しみに染まった。 「っ、そ、うだよっ!俺はっ、そんなあんたの、操り人形にはならねぇっ!俺は俺の意志を突き通す。ヤクザには、ならねぇ。組長なんか継ぐもんか」 ギリッと奥歯を軋ませて叫ぶ豊峰に、豊峰組長の目がゆるりと細められた。 「そうか。分かった。ならば藍」 「っ?」 「おまえが俺の決めた道を歩かぬというのなら、もういい」 「え…?」 「おまえはもう、いらない」 っ…。 俺でさえ、ガツンと頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。 張本人の豊峰の衝撃はいかほどのものか。 そっと窺った豊峰の目が、呆然と見開かれていくのが、まるでスローモーションのように、俺の目には見えた。 「っ、そう、かよ…」 「あぁ。おまえはもういらない。豊峰の家を出て行け」 「っ…」 「勘当だ」 バッサリと。豊峰を切り捨てた父親の言葉に、豊峰の唇が、何かの言葉を作るのに失敗して、小さく震えた。 「出ていけ、藍」 「っ………分かった、よ…」 小さくポツリと空気を揺らして、頼りなく掠れた豊峰の声が響く。 「っ、出てってやるよっ!勘当でもなんでもされてやるっ…」 バンッとテーブルの上に両手を叩きつけ、テスト個票を引ったくるように取り上げ、豊峰が立ち上がった。 「あんたはもう、俺の父親でもなんでもねぇよ…」 くしゃりと個票を握り締め、ぐっと唇を噛み締めた豊峰が、キッと父親を睨んで、パッと身を翻す。 震えて湿った小さな声を1つ残し、豊峰は、飛び出すように部屋を出て行った。 「っーー!藍くんっ…」 豊峰を引き留め損ねた俺の叫び声が、ピシャリと閉じられた襖に、虚しく跳ね返された。

ともだちにシェアしよう!