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第447話

「っーー!な、に、言ってるんですかっ!あなたは何をっ…」 ついに我慢の限界を突破した俺は、腰を浮かせて豊峰組長に食って掛かりに行っていた。 「っ、翼さんっ!」 座っていた場所からビュンと駆け出した俺を、止め損ねた真鍋の手がスカッと宙を掻くのが目の端に見えた。 けれども俺はその制止をすり抜け、豊峰組長の前のテーブルに乗り上げ、ズイッと身を乗り出す。 「どうしてっ、どうして藍くんにあんなことっ!あなたに認めて欲しくて…自分の人生をただ生きたくて、ただ必死にできることから始めようとした藍くんの想いを…」 その頑張りを。あっさりとあんな残酷な言葉で無にしてしまうなんて…。 「あなたにはっ、人の血が通っていないんですか…」 ふらりと伸ばした手で、ぐいっと豊峰組長の胸倉を掴み上げてしまったところで、ぎゅっと横から真鍋にその腕を掴まれた。 「翼さん、おやめなさい」 静かで冷たく、何の感情もこもらない真鍋の声だった。 無表情のまま左右に振られる顔にカッとなる。 「どうして止めるんですかっ!この人はっ…」 「この手を放してください」 有無を言わさない真鍋の口調の強さと、冷ややかに首を振る強い視線に、俺はふらりと拳を開いた。 「失礼しました、豊峰組長」 スッと俺を引かせた真鍋が、丁寧に豊峰組長に頭を下げる。 それまでされるがまま黙っていた組長が、薄く口元を緩めて、ゆっくりと首を左右に振った。 「っーー!あなたはっ、実の息子が本気で立ち向かってきた想いを…」 「ふぅっ、だから、ですよ」 スッと居住まいを正して、俺が掴み上げた胸元をそっと直した豊峰組長が、緩やかに穏やかに、小さく微笑んだ。 「だからですよ、翼さん。俺は、藍の本気が分かってしまったんです」 まぁどうぞ、と、さっきまで豊峰が座っていた場所に促され、俺は勢いを削がれてフラフラとそこに腰を落とした。 「俺は、あの子が本気で自分の将来を、自分の手で掴みたがっているのを理解してしまったんです…」 「っ…」 じゃぁ、じゃぁなんで…。 小さく揺れた俺の疑問が分かったのだろう。 豊峰組長は、穏やかに、緩やかに目を細めて、自嘲気味に小さく笑った。 「あの子が本気で建築家に…建築士になりたいと望んでいるなら、俺は、あの子を手放してやるしかないんです」 「っ、どう、して…?」 それは、自分の思い通りの人形にならないから、という意味では、ないような気がした。 「建築士は国家資格。建築家は堅気の商売です。翼さん、極道者が…極道の身内である人間が、その世間の中で、真っ当な評価と扱いをしてもらえるとお思いですか?」 「っ…それは」 「ただ、ヤクザの関係者、ヤクザの身内であるというだけで、藍が歩く道は、辛く険しくなるんです」 できるだけ感情を滲ませまいと語る豊峰組長の声に、本音と想いがチラチラと見え隠れしていた。

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