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第448話

「我々がどう言っても、どう取り繕っても。世間が、ヤクザ者に対して向ける目はとても冷たい」 「っ、そ、れは…」 「生まれたときから、藍は『極道の息子』でした。物心がついた頃からずっと、藍には『豊峰組の身内』という名がついて回りました」 「っ…」 それはついこの間まで。俺も、その世間からの風当たりの強さに晒されていた豊峰を見て来ている。 「だ、から、あなたは…」 「豊峰組の後継者であれば、それはなんの重荷でもない、と」 「っ…」 「世間では疎まれる、ヤクザの組長の息子という肩書きも、ここでは地位と権力の象徴になります」 「あぁ……」 「堅気の世界で肩身の狭い思いをして、偏見と差別に晒されながら茨の道を歩くより…。ここになら、初めから藍の居場所がある。次期組長として堂々と、そしてうちのみんなに囲まれて、ちやほやと穏やかに生きていけると…」 だから、だからこの人は、あんなにも強引に、豊峰の道を決めつけてきたというのか。 切っても切り離せない、極道の組長の血縁者、という名を、デメリットではなく、メリットとして生かせる道を歩ませるためだけに。 「っーー!な、んでっ…」 ぎゅぅ、と膝の上で握り締めた拳が、震えて白くなっているのが分かった。 「翼さん?」 「っ、なんでですかっ!それをなんでっ…そのまま、藍くんに伝えてあげなかったんですかっ…」 そんな想いを、1つも語ることなく、あんな風に冷たく突き放すようなこと。 あんな、縁を切るも同然の真似を、なんの説明もなく。 「あなたのしたことはっ…」 じわり、と目に浮かんでしまった涙は、悔しさからだった。 激情に飲まれ、言葉が上手く続けられなくなった俺に、豊峰組長の、寂しい自嘲的な笑いが向いた。 「今更ですよ」 「え…」 「今更なんです。俺は、藍が世間で傷つけられることを厭って、堅気の人間とは関わるな、おまえは極道の人間だ、売られた喧嘩は買って勝て、周囲の目など無視して蹴散らせ…そう俺の考えを押し付けてきました」 「っ、それは」 豊峰組長にも想いがあったからで…。 だけど俺の消えた言葉の先を読んだのか、豊峰組長は、ゆっくりと小さく首を左右に振った。 「1度、藍が自分の将来の夢を語ったときにも…。俺は、藍がまだ子供で、極道の子、というのが、世間からはどう見られるかを分かっていないが故に見始めた夢だと、取り合うこともせずに、一刀両断に切り捨てました」 「っ…」 「それは、大人だから見える世界です。それは藍にとって、個人を無視した、俺の傲慢なエゴだったんですよね…」 俺は親父の人形じゃない。そう叫んだ豊峰の声が、ふと脳裏にチラついた。 「だから今更、俺が何を言っても何を語っても、藍にはきっと届かない」 「だからって…」 「いいんですよ、いいんです」 「豊峰組長さん…」 「今更それを藍が知ったところで、そうしたら今度は、藍の方から家を捨てさせる選択を迫ることになります」 っ! そうか。 豊峰に父親の想いを理解させるということは、それを知った上で自分の夢を叶えにいく豊峰に、極道の子、の名を、父親を、捨てさせること。 だから。 「あの子は、うちを疎んで憎んで、綺麗さっぱり、完全にうちを切り捨て、なんの未練も情も残さず、清々と新しい道を歩んで行けばいい」 「っーー!」 「極道とは完全に無関係だと。あんな親は親ではないと。本心から言えるほどに…。そうして藍が自分で選んだ道で、堂々と成功して欲しい…」 晴れやかに笑うこの人は、なんて不器用なのだろうと思った。 なんて不器用で、なんて愛情深くて、そして「父親」なのか。 鮮やかなその笑みを見て、俺にはもう、豊峰組長を責める気持ちはなかった。

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